夕飯の後のお約束
「ニコちゃんただいまー」
「お、おかえり」
「ん? どうしたの、具合悪い?」
「ううん、平気。パパ、さっぱりしたの食べたいって言ってたからそうめんにしたよ」
「お、よくわかってるねえ」
椋亮から逃げるようにして帰ってきてから、何も考えられなかった。
伸ばした指先が、まさか触れてしまうなんて。
そんなこと、許されるわけない。
そう思うと、何も考えられなくて、夕食の時間まで部屋にこもってしまった。
「…ニコ、やっぱり何か…」
「え? だ、大丈夫、何もないよ」
「そう? そうならいいけれど…。何かあったらすぐパパに言ってね」
「うん…」
リビングのテーブルについて、父の食事を運ぶ。
それからニコ自身のものを運んで席に着いた。
夕食も手につかないくらいいろいろと頭の中で混ざっているけれど、父を心配させないためには夕飯を食べなければならない。
ニコはそう思い、ゆっくりと自分の作った夕食に手を伸ばす。
「おいしいよ、ニコちゃん」
「うん、良かった。パパのは生姜も入ってるからね」
「ありがとう」
目の前で美味しそうに食べてくれる父の顔を見て、ホッとする。
料理を好きになって良かった。そう思うのは、父の美味しそうな表情を見るときだ。
「あ、そういえば、今日会社で椋くんにあったんだけど」
「えっ」
「ニコちゃんのこと心配してたよ。椋くんとなんかあったの?」
「い、いや、何も、大丈夫、大丈夫」
あからさまに首を振るニコに父もそれ以上聞くことができず、そっか、と小さく笑った。
その小さな笑みにホッとしたニコはそうめんを食べる。
心配…、してくれてたんだ。
そう思うと、少しだけ嬉しかった。
「ニコちゃん、明日の撮影の料理、作りに来れる?」
「う…、うん、いけるよ」
「無理しないでね」
優しく微笑んだ父に頷く。
明日、もう一度謝らなければならない。
そうして、もう少し話せたらいい。
ニコはそう思った。
「明日は何を作ればいいの?」
「明日はデザートだよ。プリンと、コーヒー」
「うん。わかった。プリンはあのお話の中のプリンでいいんだよね?」
「お願いね」
こくりと頷いて、ニコは夕飯を食べ終えた。
父も夕食を食べ終えたのを見て、食器を重ねる。
父が片付け始める。
「パパ、手伝うよ」
「いいよ、約束でしょ。ご飯はニコちゃんが作って、パパが後片付けをする」
「うん、コーヒーいれるね」
「うん、頼むよ」
ニコはコーヒーを入れるため、父のそばに行く。
作り置きのアイスコーヒーをコップに入れて、リビングのテーブルに持って行った。
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