不安
「ごちそうさまでした」

そう言って会計に行くと、椋亮が先に立つ。
ニコの分の会計も済ましてしまい、慌てて財布を取り出した。


「あっ、お金…」

「いいよ。子どもが気にすることじゃない。それに今日は俺が誘ったから」

「…あ、ありがとう」

「また撮影でうまいの作ってくれれば、それでいい」

「…、う、うん。頑張る」

「あぁ」

椋亮の言葉にニコは何度も頷く。
それから頑張る、ともう一度小さく呟いて笑みを浮かべた。
椋亮と少し近づけたように感じる。
でもそれはニコにとっては、あってはいけないようことであるような気がした。




「美味しかった」

「ああ、うまかったな」

「これから、お仕事…?」

「ああ。ニコはどうする」

「決まってない…」

店を出て小さな声で返事をすると椋亮がそうか、と小さく答えた。
ニコは椋亮をそっと見上げる。
椋亮も同じように自分を見つめていた。
その瞳の色があまりにも綺麗な漆黒で、ニコは吸い込まれるように両手を伸ばす。
椋亮の頬に伸ばした手が触れた。


「あっ、ご、ごめんなさいっ」

「いや…、どうした?」

「ごめんなさい…」

「ニコ?」

「そんなつもりじゃ、触れるつもりじゃなかった…」

真夏の暑い空の下、夏とは思えなくらい真っ青になったニコは俯いて小さな言葉で何か呟きながら後ずさる。
それから、バッと顔を上げて、もう一度椋亮を見て自分の手をぎゅっと握った。
ごめんなさい。
今までで一番大きな声で、そう告げられた。
ニコはすぐに逃げるように走っていく。
その後ろ姿に、椋亮は思わず手を伸ばした。


「ニコ…」

この後の仕事を考えると追いかけるわけにもいかず、椋亮は伸ばした手を下ろした。
ニコのおかしな様子に不安を覚えながら、腕時計を見た。
仕事の時間までもう少ししかない。


「ッチ」

これから仕事であることに舌打ちをつき、椋亮は撮影場所に足を進めた。

ひとしなめ end
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