止まる世界
「喫茶店、入るんだろう。ちょうどいいから一緒に入ろうか」

椋亮にそう声をかけられ、ニコは必死に何度も頷いた。
昨日学校で嫌なことがあり気分転換したくて来た喫茶店で、嫌なことも飛んで行ってしまうくらいのサプライズが待っているなんて。
そう思いながら椋亮の後ろを歩き喫茶店の中に入る。
中はレトロで、どこか懐かしさを感じるような内装になっていた。


「いい感じの場所だな」

独り言のように呟いた椋亮の言葉に頷きながら、案内された二人がけの席に腰を下ろす。
目の前に座った椋亮の顔にまつ毛の影が落ちた。
映画のワンシーンのように見えて、ニコの心臓はドキドキと早鐘を打ち始める。


「何飲む。喫茶店くるくらいだからコーヒー飲むんだろう」

「は、はい。コーヒー、で」

「食べ物は」

「えっと、ハニートーストで、お願いします」

「ああ。すみません」

店員に注文してくれる椋亮を見ながら、ニコは何を話せば良いのだろうか、と回らない思考の中で考える。
緊張はいつまでも解けないし、時折まっすぐに見つめてくる椋亮の視線になおさら緊張してしまう。
この場にふたりでいるだけでも奇跡なのに、どうしたら良いのだろうか。


「ニコ」

不意に椋亮が呼ぶ声が聞こえてきて、ニコはバッと前を向いた。
椋亮はぼんやりとしていたニコを見て首をかしげながら、メニューを見せる。


「ハニートースト、あんこがつけられるけどつけるか?」

こくりと頷いてから、ニコは頬に触れた。
真っ赤になっているだろう頬は手のひらに触れるとやはり熱を持っていた。
店員が復唱を終え戻っていくとふたりの間はシンっと静かになる。
自分の心臓の音が聞こえてしまいそうで、ニコは必死に話題を考えた。


「きょ、今日は、お仕事、ですか」

「あぁ、雑誌の仕事」

また会話が途切れ、落ち着かない気持ちで耳元のピアスに触れた。
ちらりと椋亮をみれば、椋亮は窓の外を見ている。
ゆったりとした音楽が聞こえてきた。


「お待たせしました。コーヒーお二つと、ハニートーストです」

「ありがとうございます」

ふたりはお礼を告げ、自分たちの前に置かれた皿を見る。
ニコは普段通り携帯でコーヒーとハニートーストの写真を撮った。


「SNSか」

「い、いえ、カフェきた時とか、美味しいもの食べた時、いつもメモ、残してて…」

そう言うとニコは携帯に目を落とした。
写真を見て口角が緩んでしまいそうだ。


「コーヒー、うまいな」

「っ」

椋亮の言葉にニコはハッとして、テーブルの上を見る。
氷で冷えたアイスコーヒーの入ったコップが温度差で水滴が滴っていた。


「い、いただきます」

冷たいコップを手に取ると、コーヒーの香りがした。


「あ、美味しい」

「氷が水で溶けても、混じらないように氷もコーヒーでできてるな」

「うん…、あっ、ごめんなさい」

「いや、気にするな。ニコの話しやすいように話せばいい」

コーヒーを飲みながらそういう椋亮にニコは小さく頷いた。
目の前にいる椋亮はよく窓の外を見る。
窓の外はゆらゆらと熱気が見えるくらい暑そうだ。
空は雲ひとつもないくらい真っ青で、ニコも思わず外を眺めてしまう。


「空、綺麗」

「そうだな。仕事するのがバカになるくらい」

「学校行くのがバカになるくらい…」

思わず呟いた言葉がかぶさって、ニコは椋亮を見た。
椋亮も同じようにニコを見る。
不意に椋亮の口元が緩み、うっすらと笑みを浮かべた。
まるで、世界が止まったように感じた。
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