笑顔
『いただきます』

作ってくれたニコ…いや、撮影の中での恋人に向けて発する。
箸の持ち方からしっかりと主人公に寄せ、食べる順番も考えた。
合わせ味噌で作られた油揚げと小松菜の味噌汁をすする。
優しい風味が口の中で広がった。
これだ、と思った瞬間にセリフが口からこぼれ始める。
自分のものになった。
そんな初めての感覚が身体中を満たした。


『好きだよ。一生、かけて幸せにしたい。初めてそう思ったんだ』

柔らかな笑みがこぼれる。
それがもう、自分の本当の、心からの笑みなのか、それとも自分に取り憑いた主人公のものなのか、わからない。



「…っ」

目の前に繰り広げられた光景にニコは息を飲んだ。
ニコの作った料理を口にした椋亮の浮かべた笑みがあまりにも綺麗で、体の奥底からぎゅっと熱くなっていく。
心が全身が、椋亮に奪われるような感覚。
ぎゅっと自分自身を抱きしめた。


「今の良かったね。このまま使おうか」

撮り終わった映像を見直しながら言った父に、ニコはハッとした。
目の前に椋亮が立っていて、心臓がドクンと跳ね上がる。
どこか高揚したような表情にニコはまた体が熱くなるのを感じた。


「椋君、今までで一番いい演技だったよ。その場に一彦がいるみたいだった」

父も興奮しているようで、早口で話している。
二人の様子に他のスタッフも興奮しているようで、騒めいていた。
喉の渇きを感じて、キッチンへ向かう。
コップに水を注ぎ、仰ぐとホッと落ち着いた。


「椋亮にあんな表情させたの、君が初めてだよ」

ふと耳元で聞こえてきた声にニコはびくりと肩を揺らし振り返った。
後ろには椋亮のマネージャーの貝喰がいて、ニコは会釈する。
貝喰の言葉を思い返し、カッと頬が熱くなった。


「すごいね、ニコ君。椋亮にあんな表情させるの。あいつあんな風に笑うの初めてなんじゃないかな」

「い、や、そんな、こと、ない、…、」

「嬉しかったんだよね? 大好きな椋亮に食べてもらって、あんな風に笑ってもらえて」

その言葉にぎゅっと胸が締め付けられて泣き出してしまいそうになった。
食べてもらえたんだ、あんな風に笑えてもらえたんだ。
そう思うと、大きな声を上げて泣いて喜びたい。
心の中で喜びが踊りだす。
思わずこくりと頷いて、貝喰を見ると貝喰が笑っていた。


「かわいい」

くしゃくしゃと頭を撫でられ、ニコはなおさら顔を赤くする。
憧れの人の見たかった表情は心を掻き乱して、どうにもならない気持ちにさせた。


「ニコ君、椋亮のこと、好きなんだね」

目の前の人の言葉にも頷いてしまうくらい、ニコの中は椋亮でいっぱいだった。
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