美味しく召し上がれ
授業を終え中本の車に乗り込み、また先日のロケ現場に来た。
スタッフの大きな声が聞こえる中、ニコはテーブルいっぱいに積まれた材料と調理器具に目を輝かせる。
作って欲しいと頼まれた料理のレシピを書いたノートをカバンの中から取り出した。


「ニコちゃん、料理作ってくれたらあとの材料使っていいからね」

「うんっ」

父にそう言われて大きく頷いたニコは、エプロンをつける。
ニコが家から持ってきたそれは長年使っているとても思い入れのあるもの。


「ニコちゃん、似合ってるよ」

父の言葉に小さく笑い、手洗いをする。
よしっと気合いを入れてから、椋亮のことを思い浮かべた。


「笑ってほしい、な。テレビとか、愛想笑いとかじゃなくて、」

あの人の、本当の笑顔が見たい。





「鬼伏椋入りまーす」

「お願いします」

現場に入り挨拶を交わして入るといい香りがしてくる。
遊び疲れた夕方、お腹が空いた頃体に染み渡る家庭の味の香り。
昔の幼い頃の記憶を彷彿とさせる香りに椋亮は目を見開いた。


「おっ、すげえいい香り」

「…」

ぐっと胸をつかまれたような気がした。
おそらくそれは、昨日の少年の作り出した香り。
椋亮はスタッフに挨拶しながらキッチンへ向かおうとする。
ふらふらと歩き出したところを腕を引きとめられて、振り返った。


「撮影まで彼の料理見ないほうがいいんじゃないか? 想像膨らませてモノにぶつけろ」

「あぁ、そうだな」

貝喰にそう言われ頷いた椋亮は準備のために別室へ向かう。
台本と原作を思い出しながら、玄関をくぐった時に感じた香りを思い出した。


「椋さん、メイクしますね」

「お願いします」

目をつむって、撮影に向けて気持ちを作っていく。
あの香りのおかげか、すぐに気持ちを切り替えることができた。


「早く食べたい」

「椋さん珍しくお腹空いてるんですか」

「いや、あの匂い、お腹空きませんか」

「あぁ、監督の息子さんの作った料理の香りですね。それ、スタッフの中でもすごく話題になってたんですよ。撮影終わったらスタッフで美味しく頂かないと」

スタッフの言葉に椋亮は頷いて、目を瞑る。
目元に触れる刷毛の感触には何度やっても慣れないものがあった。


「よっし、いい出来ですよ。いやー、椋さんの演技も最高ですし、料理も最高だから、きっといいものが撮れますよ」

立ち上がって鏡の前の自分を見る。
すでに表情は台本の中の主人公に変わっていた。




「ニコちゃん、今日は撮影してるところも見ていってね。この映画の料理全部作ってもらうことにしたから、椋君の表情とか見て、ベストなもの作って」

「う、うん…、ドキドキ、する」

「ふふ、ニコちゃんの料理がパパの作品に映るなんて嬉しいな。親子の共同作品みたいだ」

「ふふ、確かに、そうだね」

嬉しそうに笑う父にニコも頷いて笑った。
座ってと簡易ベンチを促されて腰を下ろす。
テーブルに並べられた自分の料理の香りが鼻をくすぐった。


「ちゃんと美味しくできたから、」

祈るような気持ちになりながら、ぎゅっと手を握る。
美味しく食べて欲しい。
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