兄として
「花咲桜が、新しい取り巻きを連れて歩き始めたね」
聖の言葉に、心路がぴくりと肩を揺らした。
背中をなでてやれば、落ち着いたようにゆるく唇が開く。
古道は優しく髪をなでて、聖を見た。
「制裁もそこまでひどくないが、それなりに起きてる。心路も気をつけてね、花咲桜に恨まれてるかもしれないから」
「…彼、僕のこと覚えていないでしょ」
「文化祭の時も言ったけれど、彼が君の名前を上げていたのは僕も聞いているんだよ」
「…もう、関わりたくない。もう何もしないって決めたの。生徒会だった人たちとも、桂木君にも関わらない。…もう古道のことだけを思うって」
「心路」
聖が困ったような声を上げて、委員長席から立ち上がった。
それからゆっくり歩いてきて、心路の前に跪く。
ゆっくり心路の両手をすくい上げて、額に宛てた。
「僕も、古道と同じように、あの日君を守れなかったことを悔やんでるんだ」
聖の言葉に、心路の手が震えた。
拒絶するように、離れようと小さな手が動く。
「…っ、お兄様は、あの時、ぜったいに来れなかった、やめて、この話、やめよ、もう考えたくないの」
「心路、僕の話を聞いて」
助けを求めるように心路は古道へ視線を寄せた。
古道はいつも優しい顔をして、助けてくれる。
だから心路は古道に助けを求めた。
けれども、古道は眉を寄せて、「心路、兄さんの話を聞いて」と低い声でつぶやいた。
「心路、俺とちゃんとお話できたでしょ。兄さんともちゃんと向き合うんだよ」
「…っ、ど、して、いじ、わるするのっ」
「意地悪じゃない。心路が、安心して俺たちのそばに入れるために、必要だから、俺も兄さんも心路と話がしたいんだよ」
ぎゅっと握られた手に、また力が入る。
聖の手はとても温かかった。
厳しい声音で古道は話すけれど、背中をなでてくれる手は優しい。
逃げちゃいけない、そう言われているような気がして、心路はぐっと唇を締めた。
「僕の可愛い弟。…僕は、君をあの日のように守れないのは、もう嫌なんだ。だけど、今は僕も君のそばにいる。君たちと一緒にいる。だから、守りたい。僕の持てる力全て使ってでも、僕は僕の家族を守りたいんだよ」
聖の声はいつもより少しだけ感情の乗った、兄としての声だった。
心路はぎゅっと握られた手を握り返す。
ぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。
小さな手の甲に涙がこぼれ落ちて、痕を残す。
「…君が僕のことを慕ってくれるように、僕も君と古道を愛してる。可愛い弟。君が泣いてしまわないように、僕に守らせておくれよ」
すがるような声に、心路は小さく頷いた。
ごめんなさい、そう呟いて、聖に抱きつく。
しっかりと抱きとめてくれた聖の腕の中はとても温かかった。
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