醜い
中学校の二年二組の教室。
暑くて暑くてたまらない教室の中、学ランを脱いでYシャツになっていた。
パタパタと下敷きで風を作っても、額を伝う汗は止まらない。
零れる息さえも暑くて、仕方がない日だった。
「桜庭君、先生が第三教室で呼んでたよっ」
心路は知らない生徒にそう声をかけられて、驚いた。
古道は教員室に呼び出されていて、心路はひとり、教室で待っていた。
どうしよう、と思いながら、動くのを渋っていたらその相手が大きな声を上げる。
「早く!!」
びくりと身体を動かした心路は、確かに先生に呼ばれてたら急がないと、そう思って駆け足で向かった。
第三教室は化学室などの教室のある一番端の使われていない教室だ。
あまり人が立ち寄らないことで有名だった。
「変なの」
小さくつぶやきながら、急ぐ。
もしかして、何か手伝わないといけないのかもしれない。
「古道、もどってきたらどうしよ」
そう思いながら、第三教室の知らない教室をノックした。
知らない体温が心路の細い手首を強引に引いて、薄暗い蒸し暑い知らない教室に引きずり込んだ。
身体が一気に冷えて、心路はもがいた。
必死に引っ掻いたり、殴ろうとしたり、噛み付こうとした。
何をされるかはすぐにわかった。
心路を触る手が、触れてくる手が、父親だった人の手に似ていたから。
制服を乱暴に脱がされて、顔を床に押し付けられて、見たことのない人に敏感な肌を触られた。
恐怖で声は出ない。
それでも、必死に抵抗した。
心路はもう、あの時みたいに何も知らない子どもじゃない。
―…古道と、約束、したから。
「ね、古道。心路のはじめて、古道がもらってくれる?」
「心路の初めてを俺がもらえるの?」
「ん、もらってほしい」
「俺、もう死んでもいいよ、心路の初めてもらえるなら」
「死んじゃダメだよ、心路をおいてかないで」
「じゃあ、大事にしなきゃね。18歳になったらもらおうかな」
「どうして、18歳? まだまだ、遠いね」
「高校卒業して、心路とちゃんと一緒に生活していけるようになったら、その時にもらいたい」
「…それ、いいね」
―…約束したから、どんなに叩かれても、殴られても、首を絞められても、心路は諦めたくなかった。
「っ、いっ、あぁ、ぁ、ぁ…っ」
乱暴に、ろくに慣らしもせずに、そこに入り込んでくる、汚い熱。
視界がぼやけて、ぶれて、吐き気がこみ上げてきて、ああ、死んでしまう、そんなふうに思った。
生温かくて、生臭くて、べだべだとしていて、とても醜い。
熱い、熱い、熱い。
熱くて、苦しくて、死んでしまいたい。
まるで蒸した鍋の中のように湿って、じとじととしていた。
肌を焼き付けるほどの熱い日差し。
耳元の荒い息。
「本当に、可愛いなっ、嫌がってても、こんなに締め付けて」
「やめて…っ、や…、やだ…っ、っぐ、うっ、あっ」
「やっぱりもうひとりの桜庭とやってんだろっ」
「いやっ、やめて、いや…っ、いや…、いや…、や…」
あ、壊れる。
そう思った瞬間、ブツリと大きな音を立てて心路の頭の中は真っ黒に染まった。
初めてを、失った。
古道と約束した、ふたりで、楽しみにしてた。
大切な人に、捧げたかった。
約束していたんだ。
ふたりで、生きていく希望だった。
古道が大切にしてくれた、心路の初めてを。
こんな醜い形で、心路は失った。
こんな醜い形で、心路は心路を作り上げていた、心路という柔らかくて、あどけなくて、真っ白で、臆病な、自分を失った。
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