懐古
「私が君たちを引き取りたいのには理由があるんだ」

「理由?」

怪我も治り退院が近づいてきた。
心路とふたり、救い出してくれた男がお見舞いに来ていた。
心路は飲み物を買いに行ってくれている。

「私には君たちと同い年の息子がいて、彼に兄弟が欲しいとねだられてね」

「…兄弟…。俺たちはふたりだけでいい、ほかなんていらない。もうひとり作ればいい」

「まあ、話を聞いてよ。私の奥さん、まあうちの息子の母親はもう亡くなってしまって、兄弟を作れないんだ。だから、君たちに家族になって欲しいんだ」

「あんたの息子が俺たちをいらないって言ったらどうするんだ。どうせ、また捨てるんだろ。それなら、最初からいらない、家族なんて」

そう言って男を睨みつける。
何度も救われるような気がして、その度に心路とふたり、傷つけられていた。
もうそんな思い、心路に感じさせたくない。

「捨てるなんて、犬猫のように言うんじゃない。私はお前たちの父親のように命を粗末に扱う人間じゃない。それに、いますぐに家族になれなんて言わない」

「…お前たちの父親ね」

「君たちの、家族になりたいんだ。なれるまで、君たちが受け入れられるようになるまで、私たちは干渉しないようにする。ただ生活する場をもらえると思って、付いてきたらいい」

「…意味があるのかよ、そんなの」

「あるよ、君たちが離れ離れにならないで済む」

「は、は、はなれ、ばなれってなに、こどう、いや、やだ」

小さな鈴のような声が聞こえて来て、ふたりはそちらを向いた。
入口にいる心路は三人分の飲み物を持っている。
それが落ちていくのを見て、古道はソファーから降りて心路のもとに行った。
心路の背中をなでて、落ち着くように額にくちづけた。

「っ、や、だっ」

「おいで、大丈夫。俺は心路のそばを離れない。ずっと一緒だ」

「…、ほ、ほんと?」

「本当だよ。俺が嘘ついたことある?」

「な、ない、だいじょうぶ、だいじょうぶ」

落ち着くように何度も呼吸を促す。
心路の呼吸が整ったのを確認してから、ふたりでソファーに戻った。
男の前に腰を下ろして、心路の背中をなでる。

「なんで、あんたと一緒に行けば離れ離れにならなくて済むわけ?」

びくりと震える心路にもう一度大丈夫と囁く。
それから男をまっすぐに見つめた。

「君たちを引き取ると言ってくれた施設が人数の関係で、一人ずつでしか引き取れないといわれた」

「だから、あんたに引き取られれば、ふたりで一緒にいられるってことね」

「そういうこと。最初はなれるまでうちの離れで過ごしてくれればいい。気が向いたら、私たちと一緒に過ごしてくれればいいから」

男の言葉に、頷いて心路を見た。
心路は聞きたくない、というように、両手で耳を塞いでいる。
その手を離して、心路に問いかけた。

「心路」

「な、に」

「もし、俺と離れ離れになるか、この人と家族になって俺と一緒にいるか、どっちがいい?」

「ど、どして、そんなこと、こころ、こどうといっしょに、いるっ」

「そうだよな、心路、俺もお前とずっと一緒にいたい。…これでいいか」

男を見つめれば、ニコリと笑顔が帰ってきた。
心路は不安そうに俺を見つめている。
大丈夫と手を握った。

「あんたの名前は?」

「私は桜庭聖也。きみたちのおじさんにあたる人間だ。これからは君のお父さんになるつもりだから、よろしくね」

お父さんという単語に、心路がぎゅっと古道の手を握り締めた。
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