心路
「ココ、どうしたの」
全校集会のあと、寮の部屋の中、ソファーの上でぎゅっとしがみついてくるココに、古道はできる限りの優しい声で話しかけた。
「…いろいろ考えることがあって、あ、あたま、ぐるぐるして、わかんなくなるの。だから、古道のそばにいる」
「ココちゃん、手を握ろっか」
そう声をかければ、ゆっくりと離れたココがおずおずと手を差し出してきた。
ぎゅっと握られた手があたたかくて、古道はなんだかほっとする。
ココの言っていることはまだよくわからないけれど、このあたたかさは本物で古道を落ち着かせてくれる。
まっすぐにいつもよりしっかりとした思考でココが話そうとしてくれている。
「…俺もね、ココちゃんとちゃんとお話しないといけないって思ってるんだけど、どうすればいいかわからないんだよね」
古道は穏やかにそう伝えれば、ココがくしゃりと笑った。
困ったようなその笑みに、こつんと額と額を合わせる。
「ココがね、やってること、た、た、正しいのかなって、分かんなくなっちゃった」
ぽつりとこぼれた言葉に目を見開く。
ココの瞳はゆらゆらと揺れている。
泣いてしまう、そう思っていたが、静かな声がぽつり、ぽつりと呟く。
「ココね…。あのね、会計さん、書記さん、役員さんに、関係のなかった人に、ココがされた嫌なことと、おんなじことをしてるんじゃないかなって、そんな、ふうに思っちゃうの」
「うん」
「でも、ココがされたやなこと、やりかえさないと、古道にあげたかったものとか、ココが大事にしてたものが、ないがしろに、なかったことのようにされてるような気がして、胸が苦しくて、くるしくて、しかたがないの」
ゆらゆらと揺れる瞳は、古道にすがるようにまた揺れる。
綺麗な瞳に自分の穏やかな表情が写っていて、ココにはどう見えているのだろうかと純粋に気になった。
「古道のことを思うときね、ぎゅっと胸が締め付けられるの。大好きで、大好きで仕方ないの」
「うん」
「だから、許せなくて、おんなじ思いをして欲しくて…。こころ、いつからこんな汚い人になったんだろうって思ったら、悲しくて…。それでも、古道のこと大好きなのに、こんなに汚いから、いやで、いやで、しかたないの。…もう、疲れちゃった」
疲れちゃった、と呟いた声はとても小さくて、とても弱々しかった。
唇をそっと重ねて、両手を重ねて、指を絡めて、うまく伝えたいのに、言葉にならない思いをあたたかい体温で伝えられたらいいのに。
古道はぎゅうぎゅうと痛む胸にそう感じた。
「ココちゃん、俺ね」
「うん」
「俺は、ココちゃんが俺のことだけを考えてくれればいいって思うよ」
「…うん」
「俺さ、人と少し違って、痛みとか悲しみとかわからない時間が多かったから、うまく伝えられないけど…」
それでも、言葉で伝えられなければ、きっとふたりともダメになってしまう。
そんな気がした。
「ココちゃんがね、俺のためにやり返したいって思っていろんなことしてくれたよね」
こくりと頷いたココの瞳が大きく揺れた。
その瞳には薄い膜が張られていて、少しでも動いたらこぼれてしまいそうだった。
「それもね、嬉しかったっていうのは本当。ココちゃんが、自分に言い聞かせるようにあいつに仕返ししようとしてるのが、俺のことが大好きで俺のためっていうのもちゃんとわかってる」
「…ん」
「俺もやっとわかったんだよ。ココちゃん、このまま俺と一緒にいるとふたりともダメになるって」
「や、や。離れたくないよ、ココのこと嫌いにならないで」
「嫌いになんてならないよ。…ココちゃん、お願い、俺の話を聞いて」
ぽたりと涙がこぼれ落ちた。
ココの涙はいつも綺麗で、泣いてる顔も好きで好きで堪らない。
「お互いのためって、俺はココちゃんがやっていることから目を背けた。ココちゃんは、ココちゃん自身の気持ちから目を背けたんだよ」
「…こころのきもち?」
「そう、ココちゃんの気持ち。本当はもっとずっと簡単なんだよ。俺は、心路が好き。心路が初めてでも、初めてじゃなくても。俺の弟になってくれた、俺の恋人になってくれた、俺を愛してくれる心路のことが、大好きだって」
「…っ、うん、」
「心路が俺に初めてをあげたかったって気持ちもとても大切だよ。だって俺をそこまで愛してくれてるって証拠だから。あの時の心路の気持ちも俺のたからもの」
ぽたりぽたりと大粒の涙を流す心路に、古道も同じように頬を伝うものに気づいた。
ああ、泣いているんだって思ったら、ココの瞳に写る自分の表情がぼやける。
「心路はどう? 俺のことを思ってくれている?」
そう尋ねれば、何度も大きく頷いてくれた。
ぐちゃぐちゃになった泣き顔は、なんだかとても懐かしかった。
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