もう戻らない
月曜日。
放課後、風紀委員室で休憩がてらお茶を飲んでいたら、光がやってきた。
書類の受け渡しが終わってから、お茶に誘うと珍しく光がソファーに腰を下ろす。
ココが目を開いて光を見る姿をみて、古道が笑った。
「ひーくん、どうしたの」
「いやさ、生徒会室が居づらくてさ」
「居づらい?」
「灯が戻ってきたんだよ。気づいたら副会長以外戻ってきて、仕事はだいぶ楽になったんだけど、みんな会話しないからさ、息がしづらくてさ」
「そっか」
ココは困ったように眉を下げてそう呟いた。
ぎゅっとあたたかい柔らかな感触を感じて、視線を下げれば小さな手が縋り付くように触れている。
その手を握り返して手の甲を親指でなでた。
「花咲はどうするんだろうな、副会長もアホみたいなことしたし」
「アホみたいなこと?」
「親衛隊の解散とか、生徒会をリコールしようとしているみたいだし」
「そうなんだ」
「…なんだか嬉しそうだな?」
「だって、せ、生徒会リコールしたって、ココ困らないもの」
ココが思っているよりもずっと冷たい声に、今度は光が目を見開いた。
能面のように無表情を貼り付けたココに、息を呑む。
古道はココの手を強く握った。
「ひーくんと、か、会長がリコールされるのは、は、話が違うって思うけれど…。ほかの人は自分がやらなくちゃいけないことを放棄したんだよ。それに、いろんな人に、い、い、意地悪だってした」
「まあ、そうだけど…」
「反省して…、し、仕事に戻ったからって、許せることじゃない、でしょう? あの人たちは、し、将来上に立つ人。簡単に、許していいことじゃない」
「心路、お前」
「す、好きだからなんでもしていいって、誰がそんなこと、許してくれるの? 人を殴って、甚振って、心を壊して…、それって、は、犯罪じゃない?」
「ココちゃん、もういいよ」
光の顔が真っ青になっているのを見て、古道は握っている手を離しココの頭を撫でた。
ぴたりと止まったココは、古道の膝に手を当てた。
落ち着くように何度か髪をなでてあげれば、ゆるゆると息を吐きだす。
「ひーくん、ご、ごめんね」
こてんと首をかしげて謝ったココは、セイの入れてくれた紅茶を飲んだ。
光も止めていた息をゆっくり吐き出して、カラカラになった喉を潤すようにコーヒーを飲む。
焦って飲んだせいか、咽せこんだ。
「生徒会のリコールは僕も考えているよ。心路の言うとおり、反省して戻ってきたから、何事もなかったかのように生徒会役員として生活するのは、ほかの生徒に示しがつかないからね」
聖が笑顔を浮かべながらそう伝える。
光は複雑な表情をしながら、呼吸を落ち着けた。
確かにふたりの言い分が正しい。
それでも自分はほかの役員とは情が沸く程度には、長い時間を共にしてきたのだ。
「それに榎本君もわかっているだろうけれど、この学園の生徒会を担うということは、将来、大学進学や就職、様々なことに有利に働く。彼らがなんの処分のないまま卒業したらどうなると思う?」
「…許されることを知ったら、また同じことを繰り返すかもしれないな」
「そう言う事。悪いことをしたらお仕置きをしていけないことと教える。犬の躾と同じ」
「だが、生徒会をリコールされたら…」
「そうだね、家の名にも傷がつくだろうし、家族にも失望され勘当されるかもしれない。だけれども、心路が言ったとおり、他人を傷つけたらそれ相応の罰を受けなければいけない。何のための法律だって話になるでしょう」
優しく諭すような話し声に、理解してきた。
彼らが生徒会メンバーとは違った見方で、風紀委員会の仕事についていたことを知った。
自分たちがこどものように思えてくる。
「親衛隊に制裁を依頼するのも、暴行を促すのも、法律で捌けばなんとか罪という名前がつんだ。所詮、生徒会も、風紀委員会もまだお遊びの範疇なんだ。そのお遊びをどこまで本気でやるかが、僕達の成長の鍵なんだよ」
「…お前たちは間違っていることは間違っていると言えるんだな」
「そうかな。当たり前のことだよ。…まあ、厳しいこと言うけれど、君はとても優しい。だけど被害にあった方の悲しみや苦しみを、それこそ正しく見えなければ、本当の優しさにはならないよ」
珍しく穏やかだが熱く話す聖に、ココが首をかしげるのを見る。
この兄も兄で、ココを大切に思っていた。
それから、この学園のことも。
「飼い主様も、人間なんだよってこと」
「ふうん」
光の考えるような表情に、聖が小さく笑った。
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