父となる人
真っ白な病室に、真っ白な包帯を巻かれた古道が、真っ白なベッドに横たわっていた。
心路は窓際で古道をぼんやりと眺めていた。
真っ赤なランプがついている部屋から出てきた古道は、たくさんの管で繋がれていた。

「あと数時間で目を覚ますでしょう」

真っ白な白衣を着た医者にそう言われたが、古道はまだ目を覚まさなかった。
そういえば、古道はお寝坊さんだったな、とふいに思い出して、頬が緩んだ。
古道の綺麗な黒髪は心路とよく似た髪質で、ゆっくりと小さな手を伸ばして大好きな髪を撫でる。

「こ、こどぉ、お寝坊さんだね」

思ったよりも小さな声が漏れた。
心路と古道を助けてくれた男は、どこかに行ってしまった。
少し待っていてね、と声をかけられたから、またすぐに戻ってくるのだろう。
古道がいつもしてくれたように、何度も髪をなでてみた。
さらさらと古道の髪が指をすり抜けていく。

「こ、こ、こころね、こどうのことがだいすきなんだよ」

震えている声に、次第に目頭が熱くなってきた。
目を覚まさない古道の頬を撫でる。
ぽたぽたと頬を熱いものが流れ落ちた。
古道の頬にぽたり、ぽたりと濡らしていく。

「ねえ、ひ、ひとりに、しないで、ひ、ひ、ひとりに、こ、こ、ころ、こころにはこどうだけなの、こどう…っ」

言葉が出しにくくなって、何度も吃ってしまう。
古道の頬が涙で濡れていくのを見て、心路はそっとその頬に口付けた。
あたたかくて、優しい古道。
心路の唯一の人。
頬に、額に、青紫になった頬や目元に何度も口付けた。

「こ、こどう、お、お、おねがい、ひ、ひとりにしないで…っ」

いつも心路を慰めるように口付けてくれる唇を指先でなでた。
両手で古道の頬を挟み、そっと口付ける。

「…っ、」

不意に頬に冷たいものが触れた。
はっとして、すぐに頬に手を当てる。
心路の手よりも、いつの間にか大きくなっていた手のひら。
指を絡めて、そっと握った。

「…おはよう、心路」

「っ、お、お、そい、よっ…っ」

声がなかなか出せなくて、吃りながら、答えれば古道が笑った。
片目はあけにくそうだし、痛みがあるのか眉間に皺が寄ってる。
それでも、古道の温かかった手は、とても冷たくて心地が良かった。

「っ、心路…、無事でよかった」

「ん、ん」

古道の親指が心路の頬を摩る。
愛おしそうなとろけた瞳が嬉しくて、心路はそっと青あざができた目元に口付けた。


「おや、目を覚ましたようだね」

古道の右手に頬を寄せて眠っている心路を、軽くベッドを起こしてぼやける視界で眺めていた。
意識を失う直前にココを抱き上げた男がそこにいて訝しげに見つめる。
男のとなりには、看護師と医者が立っていた。

「傷の様子や、身体を看てもらおう。自分の状態がどうなっているかわかるかな」

「…それなりに。俺は、いい。心路はなんともないのか」

「オチビさんは身体には特に問題はないよ。君が守ってくれていたんだね」

「…そう、ならいい」

「オチビさんのためにも、早く元気になってね。だから、先生に身体を見せて」

男の言葉に古道はしぶしぶ頷いた。
右肩を刺されたが、うまく神経をすり抜けていたようで、腕が利かないことはなかった。
痛みが強くてもっとも動かせないけれど。
肩の傷と殴られた顔や、身体が痛む。

「体の傷さえ治れば帰れますからね」

最後に医者がそういったのが聞こえた。
病室を見渡せば、とてもいい部屋のようだった。

「あんた、誰。…俺の知っている大嫌いなやつによく似ているけど」

「君の行っている大嫌いなやつが、君と血の繋がっている男だとしたら、私は君たちの伯父さんになるよ」

「…そうか、あいつの兄貴か弟ってことね。その兄貴か弟が今更何しに来た。なぜあいつが来ない」

麻酔がまだ残っているようで、話すのも億劫になってきた。
右手に感じる柔らかな、かすかなぬくもりが心地よい。
古道は大きく息を吸い込んだ。
まだ聞きたいことはたくさんある。

「…助けに来るのが遅くなって、申し訳なかった。これから、私は君たちを引き取ろうと思っている」

「…どうせまた違う人間に放り投げるんだろう。そうやって大人は俺たちを捨てていった…っ、う、ぐ…っ」

「麻酔もまだ残っている、疲れているだろう? 私も、心路もそばにいるから、休みなさい」

「…気安く、心路なんて…、呼んで…んじゃねえ、よ」

抗えない眠気に意識が連れられていく。
心路の名前を他人に呼ばれるのが不快だった。
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