だいじょうぶじゃないよ
風紀委員室から出ていったふたりに、あっけにとられていた聖はすぐに親衛隊長の表情を伺った。
部屋のソファーで座りながら話を聞いていたココが立ち上がって彼のそばにいく。
聖はソファーに残っている古道に視線をそらした。
彼はだいじょうぶ、と頷いて、ココを優しい瞳で見つめている。
無表情で立ち尽くしていた親衛隊長のそばに寄ったココは、微動だにしない彼をぎゅっと抱きしめた。
ココの表情は悲しそうで、さみしそうで、聖は少しだけそんなココに驚いた。
古道の言いつけ通り言葉を使わないココは、親衛隊長の背中を何度も、何度も優しくなでる。
なんて、優しいんだろう。
思わず聖は息を飲んだ。

「犬山君、…ありがとう、大丈夫、私は大丈夫だから」

「だ、だいじょうぶじゃないよ。大切な人に、いらないなんて言われたら、かなしいよ、さみしいよ、なきたいよ! だいじょうぶなんかじゃないよ」

小さな声が、返事を返した。
ポタポタとココの瞳から涙がこぼれていて、聖と古道はぼんやりとそれを眺めた。
古道に言われたことは必ず守り、内にこもっていたココが自分から言葉を発し相手を慰める。
その姿があまりにも儚くて、古道は思わず立ち上がってココの背中をなでた。
ココは古道に視線を移すと、悲しい、と一言つぶやいて、古道の腕の中に戻る。
古道に抱き上げられてわんわんと泣き始めたココに、親衛隊長の彼もぽたりと涙をこぼした。

「古道、心路を休ませてあげなさい」

そう伝えてから、親衛隊長の彼のもとへ行く。
背中をなでて座るように促してから、仮眠室の鍵を古道に渡した。

部屋に入っていくココを見つめたままハラハラと涙をこぼす彼を見て、聖は綺麗だなと純粋に感じる。
副会長の親衛隊は気品の溢れる、彼が統一する一派と、過激派と呼ばれる一派が存在していた。
両方をまとめるよう努力していたのが、綺麗な涙を流す彼だった。
ソファーに座った彼はブレザーのポケットからハンカチを取り出して涙を拭く。

「すみません。みっともない姿をお見せして」

「気にしないでください。うちの子も言ったはずですよ、大丈夫じゃないよって」

「ふふ、そうですね。自分のことみたいに泣いてくれて、…すみません、まだ止まりそうにないみたいです」

震える声でそう伝えられて、聖は優しく微笑んだ。
それから膝に拳を当て顔を隠すように、蹲りながら泣く彼の背中をゆっくりと摩る。

「落ち着くまでここでゆっくりしてください」

そう伝えながら、聖はこの綺麗に泣く人の側にずっと付き添った。


ココを抱きかかえて仮眠室に入った古道は、あやすように身体を左右に揺らしていた。
腕の中にいるココは小さな子どもみたいにわんわん泣いてる。
自分の側から離れて他人を慰めようと声をあげたココに、古道を優しい気持ちが包んでいた。
小さい愛おしい恋人が泣いていても心が穏やかなように、先ほどの光景が嬉しいと感じている。

「ココちゃん、いい子だね、よしよし」

背中をポンポンと叩いて息がしやすいように囁く。
柔らかな黒髪を鼻先で掻き分け、熱のこもった耳裏に口付けた。
ゆっくりと呼吸が落ち着いて、泣き声が止まる。
古道のブレザーの肩口は優しい涙で色が変わっていた。

「っひっく、う、ご、めんなさ…お話しちゃった…」

「いいよ、ココちゃん。いい子いい子」

疲れたようにぎゅっと首に回っていた腕に力が入る。
古道はベッドに腰を下ろして、ココの髪を撫でた。

「隊長さん、かなしいよ、いらないって言われたら、かなしいもん。泣いていいのに、ココなら泣いちゃうのに、あ、あの人がまんしてた、それってかなしいよ、さみしいよ」

ココの額、こめかみ、頬、鼻先に口付けながら話すように促す。
一生懸命話すココに、古道は頷いた。

「そうだね。だから、ココちゃんが泣いてくれたから、あの人も泣けたんだと思うよ」

「…ん…、隊長さん、かなしくないといいなぁ…」

そう言ったココに古道は優しく微笑んだ。
頭を撫でてあげて、もう一度いい子だね、と囁いた。
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