偽りの笑顔
常に笑っていろ。
両親からそう厳しく躾けられてきた。
それは、市井家のためになるからと。

副会長の市井二は、「常に笑うように、誰からも好かれるように努力しろ」と育てられてきた。
それは初等科から両親と離れて高等科の最高学年になるまでずっと続けてきた習慣でもある。
今年の春、時期はずれの転入生である花咲桜が入学してきてから、彼の景色は違うものになった。

「先輩っ、無理して笑うよりも、こっちのほうがいいよっ」

校門で出会った彼に挨拶をして少し話しながら案内しているときに、花のように笑う彼にそう言われた。
「ああ、自分は無理をしてきたんだな」
そう思って笑うことをやめてみた。
そうしたら市井は少しだけ楽になったような気がしたのだ。
屈託のない笑みで笑う目の前の桜は、とても綺麗で花のように優しくて、誰もを光へ導いてくれる。
そんなふうに感じた。
彼のとなりで、昔のことを思い出していると、彼の朗らかな声が聞こえてくる。

「二先輩っ、俺ね、親衛隊、無くなった方がいいと思うんだっ」

突然の彼の言葉に、ドキリとしながら、市井は彼を見つめた。
彼の笑顔は曇りもない。
それは正しい事のような気がしてくる。
いつの間にか、会計や書記、役員まで桜のそばにいなくなった。
それでも、市井だけは彼がとても正しいことをしていると思った。

「そうですね、親衛隊なんてない方がいい」

「だよねっだって、先輩だって、翔太だって灯だってみんなが寂しい思いをしてたのは親衛隊のせいだもんね」

「そうです、親衛隊のせいです。桜がそれを教えてくれたんですよ」

桜の柔らかな髪をなでて笑えば、桜も笑い返してくれた。
自分ひとりになってもいい。
この新しい世界を、見せてくれた彼が喜んでくれるならなんだってする。
市井はそれが全てだと思った。
偽りの笑顔をやめてしまった市井は、それを周りがどう思うのか、そこまで考えることはできなかった。


「副会長親衛隊を、解散させます」

親衛隊長と風紀委員会と桜の前で市井はそう高らかに告げた。
風紀委員会は呆れたような表情をしていて、桜は嬉しそうに笑っている。
そして、親衛隊長は、無表情だった。
そもそも親衛隊は、対象の生徒が解散させると言ったら、誰も止められない。
風紀委員会と親衛隊長に伝えれば、解散させることができるのだ。
隣に立っている桜が見上げてくる、どうしたのですかと市井が尋ねれば、桜は大神って風紀員会なんだねと笑った。
胸の中に湧き上がるモヤモヤとした気持ちに、蓋をするように桜に笑いかける。

「おいしいお菓子を用意したので、一緒に食べましょう。さあ、私の部屋に行きましょうか」

「そうだねっ」

嬉しそうな桜に市井はほっとした。
prev | next

back
「#寸止め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -