大きな泣き声が聞こえて、ココは古い夢を見ていることに気づいた。
懐かしい…、思い出したくもない鬱屈とした部屋。
閉められたカーテンで部屋の中は薄暗い。
幼い自分が声にならない声で泣き叫んでいて、目の前には大丈夫と口元を震わせて横たわる古道がいる。
嫌だ嫌だと泣き叫ぶ自分の声が今よりもずっと高い。
胸が苦しくて仕方ない。

「こ、古道、古道」

昼間なのに薄暗い部屋に、光が差し込む。
開いたドアの先には、知らない男がたっていた。
そこからは曖昧にしか覚えていない。
古道を殴り、そして切りつけた父親だった人が、知らない男に取り押さえられた。
そのあとからばたばたとたくさんの人が入ってきて、暖かい毛布にくるまれて、古道がどこかに連れて行かれた。
離れたくないと泣く心路を抱き上げたのは、暖かい腕。

「オチビさんも一緒にいくから大丈夫、大丈夫。さあ、これを食べて」

口の中に放りこまれたのは小さなマカロンで、その甘さにポロポロと涙がこぼれた。
ぎゅっと優しいあたたかさにしがみつき、古道、古道と名前を呼ぶ。
学校の授業で習った、救急車が先に出たのを見て、男の顔を見上げた。

「こど、古道をどこにつれてくのっやだ、だめっ、こどう、こどうっ」

「一緒に行くから大丈夫。ね、ほら、おじさんと一緒に行こう」

車に乗りこんですぐに救急車を追いかけるように走り出す。
それに安心してもぽろぽろと涙が止まらない。
胸が締め付けられて苦しい。
古道、古道。
何度も名前を呼んだ。

「オチビさん、名前をなんていうの」

「…こころ」

「とても素敵な名前だね。君のナイト君の名前は、こどうであってる?」

「ん、うん、あってる…。こどう、死んじゃうの? こころをおいて死んじゃうの?」

大粒の涙がこぼれていくのを感じた。
車は大きな病院にたどり着いて、抱えられたまま連れて行かれる。
医者と看護師と、消防の人が大きな声を出しながら走っていくのを、男に抱きかかえられたままついて行く。
赤いランプのついた部屋に入っていったのを見て、心路はぽつりと名前を呼ぶことしかできなかった。

「し、しんじゃやだ、こころをおいてかないで、こどう、こどうっ」

近くの椅子に腰を下ろした男の腕から逃げて、赤いランプのドアに走っていく。
小さな手で何度もドアを叩いた。

「こどう…っ、こどう、やだ、やだ、こどうおいてかないで」

「こころ、そんなに叩いたら、小さな手が痛くなるよ」

また男に抱き上げられて、身をよじる。
やめて、と、男の頬を引っ掻いた。

「っ、こころはこどうがいなくなるのがとても怖いんだね」

「ん、う、うう、こどお、こどうっ」

「こどうは今、こころのところに戻って来れるように今頑張ってるんだよ」

「っ、う、ん、が、がんば、る?」

「手術をして、元気になれるように、こころのところに帰ってこれるように、頑張ってるんだ。こころは泣いていい、たくさん泣いていい。でも、元気で帰ってこれるように祈ろう。ぎゅっと手を握ってごらん?」

「っひっ、く、こ、こお?」

「そう、ぎゅっと握って、心の中で祈るんだ」

おねがいします。
どうなってもいいから、こどうをかえして、神様、おねがいします。
男の言うとおり、何度も古道の名前を呼んで神様に願った。



「ココちゃん、ココっ」

古道の声が聞こえて来て、ココはゆっくりと目を開けた。
昨日帰ってきて、ソファーに横たわる古道の上で眠っていたようだ。
懐かしい夢を見ていたようで、息苦しい。

「穏やかに眠れたと思ったら、…嫌な夢でもみた?」

「こ、古道が病院にいくときの、ゆ、ゆめ。あ、あ、こ、古道が、しんじゃうって」

「ん、あの時の夢ね。ココちゃん、ほら大丈夫、俺はここにいるよ」

「うん、うん、大丈夫、だいじょうぶ、お、お父様も来てくれた、だいじょうぶ」

「ほら、深呼吸しよう」

「は、ん、はーっ、」

上手、と耳元で聞こえるささやき声に、口元が緩んだ。
ようやく落ち着いてきて、古道の胸元から起き上がる。
冷や汗をかいていたようで、汗が伝った。

「落ち着いた」

ぎゅっと抱きしめられ、背中を撫でられてココはゆっくりと息を吐きだした。
もう夜も遅い、シャワーを浴びてからふたりは寝室に入る。
ベッドに横になり古道の腕の中で目をつむった。
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