僕じゃないの
掴んだ手首は怖くなるくらい細かった。
力が緩むとその手首はするりと抜ける。
薄暗い教室の中、引き込んだクラスメイトをじっと見つめた。


「なんで、僕じゃないの」

そう言いながら目の前の小さな肩を掴む。
震えている肩は、灯を見ると震えが収まった。
一瞬驚いたように大きく開かれた目は、次の瞬間には白い瞼に隠れる。
口元が弧を描いて、灯は息を飲んだ。


「…っ、なに、なんで笑ってるの。犬山のくせに」

「どうして、僕じゃないの」

「…やめてっ」

「ひーくん、ココに取られたのが嫌なの?」

「やめてっ」

犬山の肩を思い切り押せば、小さな身体はあっけなく倒れた。
床に横たわった小さな身体にのしかかり、胸ぐらをつかめば犬山はもう一度笑う。
それから、細い指先が伸びてきて、頬に触れた。


「教えてあげよっか? ココならなんで、ひーくんがあなたをいらないって言ったのか教えてあげられるよ」

犬山の両腕が伸びてきて、ぎゅっと抱きしめられた。
あっけにとられて、胸ぐらを掴んだ片手は力が抜ける。
そのままゆっくり床に寝転がって、犬山の柔らかい身体を感じた。
ドキドキと胸が動き出して、身体が火照る。


「なに、なんで、こんな、」

「ひーくんのこと、好きな気持ちそれって本物なの? ひーくんに触れてこんなにドキドキする?」

「…っ」

「あなたの心臓、ココを抱きしめてドキドキしてるんだよ」

柔らかな手のひらが頬にもう一度触れてきて、指先がすっと頬をくすぐる。
カッと身体が熱くなって、犬山から離れようと床に手をついて身体を離した。
両腕で作られた檻の中に収まった犬山は、薄い唇を開いて吐息をこぼす。
身体の熱は燃え広がるように灯を飲み込んで、犬山の唇に吸い込まれるように触れたくなった。


「唇はだめ…」

すっと小さくて細い人差し指が唇を優しくなぞり、それから柔らかな笑みを浮かべた。
いいよ。
そう小さな声が聞こえてきて、灯は抗えない鎖に巻きつかれたような気がする。
熱にうなされたように犬山の身体に唇を這わせた。
柔らかで、甘くて、切ないような、不思議な感覚に飲まれていく。


「ねえ、ひーくんへの愛は、本当にその愛なの」

吐息のように囁かれた言葉に、胸を締め付けて弾けた。
そうだ、この愛は。
この愛は、この思いは、大事な大事な"片割れ"への思い。
愛して欲しい、身体を重ねたい。
そんな思いではなくて、これは、大切な…。

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