どうして君が
光に見捨てられて、もう何日か経った。
心が沈んでいく感覚に溺れて、何度もなんども光のことを考えてしまう。
その切ない時間が増していくにつれて、桜への違和感も同じように増えていった。
紅葉していた木々はいつのまにか寒さに耐えかねて落ちる葉を増やしている。
秋はあっという間に過ぎ去っていく。


「灯ってばっ」

バンっと背中を叩かれてハッとすると、桜が眉を吊り上げ怒っていた。
灯に素早く謝ってから、自分の頬を叩く。
光の事ばかり考えないようにしたいから桜の元に来たのに結局光のことを考えてしまっていた。
温室の窓から渡り廊下が見える。
渡り廊下には光が歩いていた。


「あ…」

思わず目で追ってしまう。
目を反らせないのは、ずっと考えてしまうのは、これは気づいてはいけない恋だから。
そうではないのだろうか。



「あっ、ひーくん」

小さな柔らかな声が聞こえて来て、光は振り返った。
最近懐いて来たクラスメイトのココは小さな身体を目一杯使って抱きついてくる。
小さな身体が可愛らしくて思わず甘やかしてしまっていた。
抱きとめてから、自分の足で立たせると、ココが光を見上げる。


「どうした、珍しく陽気だ」

「んーん、今日はね、古道がね、朝起きる時ぎゅーって背伸びしてたのがおっきいライオンみたいで可愛かったの。可愛いでしょ」

「はは、そんなことで陽気になるのか」

「そんなことじゃないよ。古道のことは全部ココの心を動かすんだよ。寂しいとか、悲しいとか」

「…犬山」

嬉しそうにこてんと首をかしげたココをみて、光は少しだけ悲しくなった。
寂しいとか、悲しいでしか動かないこの小さな身体の中の心は、とても寂しくて切ない。
ココの頭を撫でてから、手を繋ぐ。


「ひーくんも心路って呼んでよ」

「いいのか」

「だって、心路って呼んで欲しいもん。ココ、ひーくん好きだもん。飼い主様みたいだから」

「飼い主様? …桜庭聖?」

「うん」

「似てるか」

「うん」

ココの表情を見つめていると、時々口角を上げるが、目元がうまく笑えていない。
本当に心から笑えていないのではないか。
そう思うと、悲しさが増した。


「どうしたの」

「なんでもない。手が寒そうだったから」

「ふふ、ココの手、あったかいんだよ」

「本当だ」

ココの手は温かい。
その温かい手はなぜかやっぱり悲しかった。


温室の窓から見えた景色で、灯は頭に血がのぼりそうだった。
光が、自分の片割れが自分じゃない人間を抱きしめていた。
今まで自分より下に見てきたクラスメイトを抱きしめていた。


「光…、どうして…」

小さく呟いた声はこの温室にいる誰にも聞こえなかった。
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