悲鳴
小学五年生になった時、母親が突然いなくなった。
父親と呼ばれる人がいない日に、来ていた男とどこか遠くに行ったようだ。
残されたふたりは、狂ったように怒鳴り散らす男をぼんやりと眺めていた。
「ゲホっ、ゲホ」
咳き込む古道の声に心路は目を覚ました。
喉の違和感からか、喉元を抑えている古道は心路が目を覚ましたことに気づき笑みをこぼす。
大丈夫、と近づいてきた心路は古道の唇へキスをした。
「声変わりかな」
「た、ぶん、な」
「古道、辛い?」
「声が、出しづらい。…、それに、これがどうしようもないな」
そう言って自分の下半身を見た古道は心路の頬にキスをする。
キスをもらった心路は古道にキスを返し、するすると古道の下半身へ顔を寄せた。
それから、ジーンズのジッパーを唇で咥え、勃ち上がった古道のものへキスをする。
「ん、ん、古道、気持ちい?」
「気持ち、いな。心路っ」
口の中に吐き出されたものをゴクリと飲んだ心路はふわりと笑う。
それから、楽になった、大丈夫と尋ねてきた。
楽になったと答えれば心路は嬉しそうにニコニコ笑う。
そんな心路が愛おしくてたまらなくなった。
「古道、大好き」
「俺もだよ、心路」
ぎゅっと心路の身体を抱きしめて、古道は笑う。
心路の優しい体温に、古道はそっと目をつむった。
布団の中に潜り込んで、ふたりは眠りにつく。
一階から怒鳴り声が聞こえてくるまで。
ふたりが小学六年生になった時、心路が男に呼ばれるようになった。
部屋に連れ込まれ、身体を弄られ、口内を侵される。
かろうじて初めては奪われることはないが、日に日に心路の腕に広がる痣に古道はたまらない気持ちを感じていた。
「心路、何してるんだ。こっちに来なさい」
腕を掴まれ、父親の部屋に連れ込まれていく心路は虚ろな瞳をする。
その瞳に古道は唇を噛むことしかできなかった。
声変わりも終わり、身長も十分に伸び、体つきも他の生徒とは変わって少しだけ大人に近づいていく。
それなのに、心路を守ることができない。
ふと、シンクに置かれた包丁が目に入った。
ああ、これしかない。
そう思った瞬間、古道は包丁に手を伸ばし強く握り締めた。
「あああっ」
声を絞り出し、父親へ向かう。
心路を突き飛ばしてから男へ包丁をまっすぐに伸ばした。
腕を擦り赤い血が飛ぶ。
父親の拳が額にあたり、それから何度も鈍い痛みと音が聞こえてきた。
「古道、古道っ、やめて、お父さんっ、ヤダ、やめてやめてよ、古道が死んじゃう、死んじゃうよっ、死んじゃう」
何度も拳飛んでくる中で、肩に鋭い痛みが走る。
包丁が突き刺さっていて、意識が遠のく。
最後に心路の悲鳴が聞こえた。
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