雨
ポツポツと緩やかに降る雨。
中庭のベンチに腰をかけ、ココはぼんやりとしていた。
雨の中にいると、いつも頭の中で聞こえる嫌な音も、べたべたとした感触も何もかも流されて綺麗になるような気がする。
ぼんやりと花壇を眺めて、ただただ呼吸をする。
風紀室の中からは、中庭が見通せる。
古道は風紀室の出窓に腰をかけ、中庭のベンチでぼんやりと何かを見つめているココを眺めていた。
雨脚が強くなるのを感じる。
隣に聖の気配がして、そちらに視線を移した。
聖も窓の外のココを眺める。
「迎えに行かないのかい」
「…俺が、まともだったら、ココは辛い思いをしないで済んだのか」
まっすぐに雨の中ぼんやりするココを見つめながら、古道は呟いた。
その言葉に聖は瞬きをして微笑んだ。
「お前らしくないじゃないか。どうしたんだい」
「わからなくなってきたんだ。ココが、俺のために…」
窓の外に雨以外の動きがあった。
雨の中を濡れるのも構わずに走ってココのそばに行く会長の姿が目にはいる。
「古道」
古道の方を見ると、複雑そうに眉間にしわを寄せて動けないでいる古道の姿が見える。
会長はココに向かって何かを話していた。
ココに腕を伸ばす姿が見えて、聖は古道の背中を押す。
その腕に押されるように動き出した古道は走り出した。
バシャバシャと足音が聞こえてきた。
それでもかかわらずにぼんやりしていると、声が聞こえてくる。
「お前何してんだよっ、馬鹿じゃねえのか! 風邪引くぞ、病弱体質!」
顔を上げると、怒ったように眉を吊り上げた会長がいた。
伸びてきた腕がココを立ち上がらせようと細い腕を掴む。
会長をちらりと見上げたココは視線をそらし、またぼんやりと花壇を眺め始めた。
「ッチ…クソ、とにかく中に入れ馬鹿。風邪引いたら嫌な思いするのお前だからな」
会長は舌打ちしながら動こうとしないココを抱きかかえる。
それから走って廊下に入った。
びしゃびしゃなまま校内にを歩くわけにもいかず、ココを下ろして座らせる。
「ここで待ってろ」
ココの頭を撫でてから廊下の一番角にある保健室からバスタオルを取ってくる。
戻ってきてから、会長はココの頭を拭き、タオルで体を包んだ。
小さなくしゃみをしたココに、会長は笑う。
「あぁあぁ、ほらな、だから言ったろうに」
ポケットからポケットティッシュを取り出し、ココに鼻をかませる。
嫌そうな顔をしながらも会長の好きにさせていると、古道のココを呼ぶ声が聞こえた。
会長の腕からするりと抜けだして、振り返る。
走ってきた古道を見て、ココもパタパタと走り出した。
すぐに抱きついて抱きしめて欲しい。
そう思って手を伸ばしたけれど、自分の体が雨に濡れていることを思い出して、ココは立ち止まった。
困ったように唇で声を出さずに自分を呼ぶココに泣きそうになる。
「ココっ」
ココに駆け寄ってきつく、強く小さくて儚い身体を抱きしめる。
ぎゅうぎゅうに抱きしめながらその場に座りこめば、嬉しそうに甘えるように自分の名前を何度も呼ぶココの声が聞こえてきた。
「古道、どうしたの? 泣いているの?」
綺麗なカナリアのような声が歌うように聞いてくるのを聞いて、涙がこぼれ落ちる。
もう何年こうして涙を流さなかったのだろうか。
それももう化石のように固まってしまった記憶は教えてくれない。
九津帝都はこの時初めて、自分が執着していたあの小さな生徒に抱いていた思いに気がついた。
悲しいくらい非情な気づき方に、ため息さえこぼれ落ちない。
自分の鈍感さに呆れさえ覚える。
「あー、これが、あれか。春になるとうちの生徒が馬鹿になるやつか」
目の前の光景があまりにも綺麗過ぎて、実らない想いが溢れ出してもこぼれ落ちるだけに思えてくる。
納得するみたいにストンと心に落ち着いて、苦しいくらいに胸が締め付けられた。
それでも悲しむ暇も与えないくらいに綺麗な光景だ。
濡羽色の髪から雫がポタポタと落ちて、たくましい腕に落ちる様子さえも、綺麗だ。
そんなふたりを帝都はぼんやりと眺める。
「今更、気付いたのか、俺は」
帝都はひとり苦笑することしかできなかった。
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