ふたりだけで
ダンッと大きな音を立て壁に押し付けられる。
食堂から特別棟へ繋がる渡り廊下の途中で、古道の強い瞳に見つめられた。
その瞳が自分だけを写しているのを見て、ココはとろんと表情をとろけさせる。
ココの白く細い首に両手を添えた。
それからじわじわと力を込めて行く。


「ん」

酸素が喉を通らなくなっていく。
徐々に苦しくなっていく呼吸にココは喘ぐように声を漏らした。
細く頼りない手が古道の手首を掴んだ。
古道はその手を掴み返し、自分の首元へ運んだ。


「ふ、は、こどう」

「ココを殺して、俺も死ねば幸せかな」

そう呟けば、ココがふわっと笑みを浮かべた。
まるでココが心路だった時のような笑顔。
その笑顔に古道も小さく笑みが溢れ、それからもう一度ココの首に這わせた両手に力を込めた。


「ちゃん、と、後を追ってきて、ね。はっ、かはっ、大好きだよ、ココの古道…」

幸せそうな笑顔に古道は思わず同じように笑顔を浮かべた。
手首に爪が立てられて小さな痛みを感じる。


「やめろっ、何をしているんだ!」

大きな声が聞こえてきて、古道は手を離した。
ずるずると座り込んだココが大きく咳き込みながら、嘔吐する。


「お前、大丈夫かよっ」

駆け寄ってきた男に声をかけられ、背中に触れられた瞬間、ココはびくりと体を震わせた。
それから悲鳴をあげて、ぎゅっと頭を抱え小さくなる。


「ひ、ひ、あ、」

「もう大丈夫だから」

悲鳴をあげながら自分の腕に爪を立て始めたココに男はその細い手を掴んだ。
その様子を立ち尽しながら眺めている古道はココの名前を呼んで微笑んだ。
その声にピタっと泣き止んだココは、古道を見つめ返して笑う。
ココの視線に合わせるようにしゃがみ、男をどけてキスをした。
それからココの背中を撫でて、耳元で囁く。


「大丈夫、俺はそばにいるよ、ココ」

そう声をかけられたココは嬉しそうに笑った。

笑いあう二人を見てあっけにとられた男、榎本光はふたりから少し離れて立ち上がった。
ため息をついて、もう一度ココに声をかける。


「風紀に連れていく必要がある。立てるか」

「んー了解。その前に、ちょっと生徒会役員さん。俺の頬ひっぱたいてくんない?」

「無理だ。俺まで処罰されたくないからな。とにかく風紀に」

榎本はそう言うとふたりを立たせ、風紀室へ導いた。
榎本は古道とココが風紀の人間だということを知らないようだった。


風紀室に入ると聖とセイが顔を見合わせて驚いていた。
嘔吐物に汚れたココとへらへらと笑っている古道、それからしかめつらでふたりに説教をかましている榎本の姿を見て、顔を見合わせて笑う。
珍しい組み合わせだ、と笑った聖に、セイは少しだけ引きながら、すぐにココの着替えとタオルを取りに仮眠室へ向かった。


「一体どうしたんだい、榎本くんまで」

「この大柄な方の男が、この小柄の方の首を絞めていました」

「うーん、よくあることだね。このふたり、いつものことだから処罰は必要ない。驚かせてしまって悪いことをした。謝罪するよ」

「いいんですか。暴力行為ですよ」

「よくはないけれど、このふたりなりのお互いへの愛情表現だからほっとくのが一番良いんだ。ありがとう、榎本くん」

「いえ…」

「どっちにしろ引き離した方が悲惨なことになるし、見つけても止めることしかできないからね」

そう言って笑った聖に背筋がぞくりとした。
タオルと着替えを持ってきたセイはせっせとココの顔を拭いたり着替えさせている。
当の古道は先ほどとは違って表情をなくしながらそんなふたりを眺めていた。
しかし、ココが古道を見て笑えば、古道も同じようにヘラリと笑った。


「コラっ、へらへらするんじゃないの、あなたたちは。他の方にまで迷惑をかけて」

ごめんなさい、と笑う古道に、ココも着替えながら笑った。
そんな二人と副委員長の普段見ない姿を見て、榎本はある考えが浮かぶ。


「もしかして、犬ってこのふたりのことですか」

「おや、会長から聞いていなかったのかい」

「まあ」

「心路は情報処理能力が高い子でね、学園のセキュリティーは心路が管理している。古道は普通の人間よりも身体能力が高くて、風紀委員の武術を見たり、制裁の制圧とか主に武力が必要な時に役に立つ子だよ。ふたりとも立派な僕の犬だ」

ふたりを眺めながら言う聖にぞくりとしながら榎本はふたりを見た。
顔を見合わせて笑っているふたりはどこかぎこちないように見えるのは、ここにいる全員の中で榎本は自分だけなのだろうと感じた。
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