もうひとり
暑い夏が本格的に始まり、毎日が憂鬱に感じる。
ココがぼんやりとする日も多く、勇気はいつも不安に駆られていた。
この天使のような少年がどこかに消えてしまうのではないか。
「ココ、ちょっと疲れたから授業休むね」
そう言って立ち上がったココはふらふらと教室を出て行く。
小さな背中は、廊下の窓から入る日差しの中に消えていってしまいそうだった。
静かな図書室には、大概は川口しかいなかった。
誰にも気づかれないようにそっと教室を抜け出して、川口は何かを考えたい時は図書室に逃げている。
最近は、図書室に行くことも少なくなっていた。
それは、最近転入してきた桜のおかげか、それとも、桜のせいなのか。
「…俺は、どうしたら、」
この寂しさが消えるのか。
静かな図書室に小さく控えめにドアを開ける音が聞こえた。
ドアの方を見ると、小さな生徒が入ってくる。
静かな雰囲気のその生徒から視線をそらし窓の外をもう一度眺めた。
どこからかバニラの甘い香りを感じる。
足音が近づいてきて、隣に気配を感じた。
「隣に座るな」
「どうして、お隣に座りたい」
儚い小鳥のような声が聞こえてきて、川口は隣を見た。
まっすぐな瞳で見つめてくる隣に来た存在に息を飲む。
「…俺といてもいいことない」
「そんなことないよ」
「俺の何をしってる」
「何も知らないよ。だけど、ココね、あなたのそばにいたいって今、思ったの。だから隣に来た」
そう言って小さな手が伸びてくる。
川口の手に触れたその小さな手は温かい。
「ココの手、あったかいでしょう」
柔らかく笑ったその瞳にどきりと心臓が動き出して、川口は思わずその場所から逃げ出した。
「はっ、は…っ、」
トイレに駆け込んで、口に小さな手を突っ込む。
吐くものなんて何も胃の中に入っていない。
それでも胃の中のモヤモヤを全部吐き出してしまいたかった。
「死にたい…っ!」
手の甲に赤い跡が増えていくのも、ココには気にすることができなかった。
「ココ」
優しい声が聞こえたような気がして、口から手を離す。
力強い腕に抱きしめられて、ホッとした。
「古道」
振り返って笑顔を見せれば、古道も笑ってくれた。
柔らかな口づけをくれる古道にココはゆっくりと目を瞑る。
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