最悪な旅行
「犬山っ! 大神にばかり荷物持たせてひどいと思わないの!」

荷物を運び終えて大木を自然な形のままで作った机で、料理を始めていたら大きな声で怒鳴られた。
顔をあげたその先には目を吊り上げた花咲がいる。
花咲は脇の村松を引き連れてとても怒っていた。
その傍に古道がいないことを確認しながら、まな板の上に視線を落とす。
隣の勇気が怒っている花咲を止めようと声を出すが、まるで何もなかったかのように花咲は怒鳴り続けた。


「桜!」

「口出さないでよ勇気!」

「さ、桜は何か手伝った…? 大神くんは荷物を運んで、犬山くんと僕はカレーを作った。それに火もおこしたし。桜は何もしていないのはいいの? 自分たちでやることはやるのが目的の旅行だよ」

「な、なんで友達にそんなひどいこと言うの…!」

うるうると瞳を潤ませて泣きそうな声を出した桜に、村松が勇気を睨んだ。
びくりと肩を震わせた勇気はココを見る。
ココはまるで仮面をかぶったように無表情で勇気は息を詰めた。


「…何してるの?」

「大神っ、犬山と勇気が俺にひどいこと言うの! 俺は間違ったこと言ってないのに!!」

「へぇ…。勇気クン本当?」

「そんなことない」

勇気の答えに、古道はそっかと笑みを浮かべた。
それから、ココの隣に立って笑いかける。


「代わるよ、犬山。風紀委員長が呼んでいた。勇気クンも」

「うん」

頷いたココは勇気の手を引いてその場を去る。
その後を追いかけようとした桜のもとに、副会長と書記がやってきて桜は追いかけるのをあきらめた。
ココの方へ視線を向けると、同じように振り返って後で、と唇を震わせる。


「最悪な旅行だな」

ぼそりと呟いた古道の言葉は誰にも聞こえなかった。



「どうして犬山達戻ってこないんだろ。おんなじグループなのに!!」

「風紀委員長の仕事があるんでしょー。桜、そんなことよりもさ、このあと美味しいお菓子食べに行こう?」

「お菓子? どこにあるの!?」

「副会長の部屋だよ〜! いくでしょ?」

「いく!」

楽しげに話している花咲達を後にし、古道は食べ終わった食器と空になった鍋を運んだ。
洗い物をしながら、この後のレクリエーションは静かにココと過ごせる。
そう思えば、午前中の憂鬱も晴れる気がした。
花咲達が食器をそのままにどこかへ行く足音が聞こえて、ようやく心が安らぐような気がした。



「ココちゃん、ごめんね」

聖とセイの元に逃げて来ていたココの元に来て、後ろから抱きしめた。
ココは古道の腕に小さな手で触れてから、こくりと頷く。
聖とセイと同じグループの生徒は去年、ココと古道が一緒のグループだった生徒で、そんなふたりは微笑ましく眺めていた。


「古道、心路が寂しがっていたよ」

「知ってる。ココちゃん、もう寂しくないよ」

ココの髪をわしゃわしゃと撫でる古道に、周りのみんなが笑う。
そんな冷たい大きな手に、ココは振り返って抱き付いた。
ぎゅっとしがみついてきた腕が細くて、少しの間しか離れていなかったのに、ずっと離れていたような気分になる。


「古道の作ったカレー食べたかった」

古道にしか聞こえない声でそう呟いたココの髪を、今度は優しく撫でる。
甘えるように首筋にすり寄ってきたココに小さく笑い、柔らかな髪に口付けた。


「寮に帰ったら作ってあげるね」

頷いたココに、古道はもう一度キスをした。
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