笑えて
古道と離れてから、ココは少し気落ちしている。
去年は古道と同じ部屋でほとんど古道と一緒に居ても同じグループの人は文句を言わないでいてくれた。
むしろふたりでいることを寛大に受け止めてくれていて、古道を介してしかコミュニケーションを取れないココにも優しくしてくれた。
それを思うと、今回のグループ編成は少しだけ辛いものがある。
飼い主様も配慮はしてくれたのだろうが、最終的な決定権があるのは生徒会だ。
小さなため息をつくと、隣の勇気が息を呑むのを聞いた。
「犬山くん…、大丈夫」
「へいき。ただ、少し疲れたなって。お舟嫌いなの」
「そっか。す、少し、休んだ方がいいかな」
「ううん、多分…。古道こっち来れないから、ココたちで準備しなきゃいけないと思う」
あ、と今気付いたように、顔を青ざめさせた勇気にココは小さく笑う。
この貼りつけたような笑みは、しっかりと笑っているように見えるんだろうか、と思いながらも、ココは勇気に笑いかけた。
昔はもっと笑えていた気がする。
そんなことを思いながら歩いていると、鍋やざるが置いてある物品置き場についた。
研修旅行委員会の生徒が物品を手渡してくれる。
それを受け取ってから、ココは重い荷物を両手で抱えながら戻ろうとした。
「犬山くん、僕が持つよ」
「ううん、いいの。研修目的、ちゃんとしなきゃ…。交流を深めるだけが目的じゃないでしょ?」
「そうだね。…頑張ろうね」
「うん」
勇気が微笑んだのを見て、ココも偽物の笑みを浮かべた。
重たいものを持ったりするのは普段古道がやってくれるから、いっつもココの分も持ってくれてるんだ、と考えると、古道に抱き付いてキスをしたい、と思う。
勇気の隣を歩いていても、ココが考えるのは古道のことばかりだった。
隣を歩く彼は疲れているようで、いつも真っ白な肌が青白くなっている。
六月になったこともあるのか、気温は高めで今にも倒れてしまいそうで、勇気は不安になった。
自分を救ってくれた優しい天使のような彼が、具合を悪くすることが怖い。
「勇気くん、最近どう? …もう、怖いことにあってない?」
「うん、風紀委員室に居させてもらってから、制裁にもあわないから…、身体の傷も、結構治ってきたんだ」
「そっか、良かった。…ココね、古道みたいに自分で守れないから、申し訳ないなって思ってたの」
「そんなことない! 犬山くんには、すごい助けてもらってる。感謝してもしきれないくらい…」
自分の思いを告げてしまいそうなくらい、彼の思いを否定したかった。
申し訳ないなんて思ってほしくない。
自分はこの綺麗な少年に助けてもらったことが誇りである。
それを伝えたくて、彼の方を見たら、彼はじっとどこかを見ていた。
前を向くと、その視線の先には大神と、花咲が居た。
「犬山くん…」
「うん? 早く運んじゃおう。ココ、お料理したことないからちょっと楽しみだったの。…ね? 勇気くん」
「う、うん。そうだね。俺も前回の研修旅行以来してないから、楽しみだったよ」
「お揃いだね」
柔らかく微笑んだ彼に、ほっとする。
横にさらさらと流した髪が風に揺れていた。
藍色に近い黒色の髪が綺麗だなと、思いながら勇気は彼の隣にいることを誇りに思う。
「あ、犬山。そんな重たいの俺が持つから、犬山は野菜とか取っておいで」
いつも彼の傍にいる大神が重いものを持っている彼を見つけて駆け寄ってきた。
他の人にかける声色とは違う声色で彼に話しかける様子を見ていると、大神にとってこの彼は特別な人であることがよくわかる。
そばに寄ってきた大神に、ほっとしたように息をついたのが聞こえた。
荷物を受け渡す際に、お互いの手を重ねて見つめ合う。
その様子を綺麗だな、と純粋に感じた。
後ろからやってきた花咲に、大神はすぐに振り返って彼から離れていく。
花咲が彼のそばに寄らないように配慮しているのだろう。
大神が離れていく際に、勇気は視線があった。
ひとりにするな、そんな風に言われて、食材を取りに向かっていったココの背中を追いかけた。
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