エクスクラメーション
外に出ると研修施設の職員が午前中の活動のオリエンテーションを行っている。
古道はココを自分の影の中に入れて、日に当たらないようにしていた。
チラチラと視線を感じて、前を向くと花咲がこちらを向いている。
視線を合わせないようにココのつむじを眺めた。
「ココちゃんのつむじ可愛いね」
不意に思ったことを伝えると、ココが振り返った。
ココはこてんと頭を傾げてから、自分のつむじを触ってみている。
ざわざわとし始めて、オリエンテーションが終わったことに気付いた。
未だに首を傾げているココに思わず笑ってしまうと、ココは怒ったようにむすりとする。
「怒んないで、ココちゃん」
そういいながら頭に顎を乗せて、ぐりぐりする。
やめてー、と抵抗するように頭を引こうとするココに古道はもう一度笑った。
「これからカレー作りだって。ちょうど昼時だからな。昨日食べなくて…」
「大神!」
大きな声が聞こえてきて、ココが古道から離れていく。
一瞬だけ手を繋いでから離れていったココに軽く手を振った。
ココは誰にもわからないくらい小さな表情の変化を見せる。
「大神! 下の名前教えてよっ。俺のこと、桜って呼んでいいから!」
「なんで?」
「だって友達でしょ!!」
「ふうん。俺さ、自分の名前好きじゃないから苗字で呼んでくんない?」
「友達は下の名前で呼ぶもんでしょ!! 教えてよ!!」
「…はっ、友達のこと思いやれないんだな」
花咲が勢いよく話しかけてくるのを聞きながら、内心勇気のもとに行ったココのことを考える。
右から左に聞き流しながらも、ココと勇気を眺めていると花咲に手を引かれた。
もともと冷たく冷え切っている身体がまた一度、一度と体温を下げていくような感覚を感じる。
会計の村松に視線を向けると、何を考えるように花咲を見つめていた。
「っていうか、準備しねぇ? 俺らだけ食いっぱぐれるのやなんだけど」
「なんで俺たちが準備しないといけないの!?」
「当たり前だろ、そういう目的もあるって職員が説明してただろ」
「…桜〜、こんなところにいるのやめようよ〜」
村松が口を挟んできたところで、古道はその場から離れる。
カレーの材料や鍋を取りに行っているココと勇気のもとに行こうと歩いていると、後ろからうるさい声が聞こえてきた。
最初から準備すればいいものを、と思いながらも、古道は心の中にとどめる。
「大神! あっちで二たちがいるんだっ、あっちで一緒にやろうよ!」
「なんで?」
「あっちの方が絶対楽しい!」
「グループ決められてるでしょーが。そんなにこのグループが嫌ならあっちに行けば? 俺は犬山と桂木と三人でやるから」
「…それじゃだめだ! 大神も行こうよ!!」
心の中にとどめられなかった思いとむかつきを舌打ちにして吐き出してから、古道は村松を見る。
いらだった様子の村松は普段のゆるく笑う表情を見せない。
古道を睨み付けてから、花咲の気を引こうと一生懸命花咲に声をかけていた。
「あ、犬山。そんな重たいの俺が持つから、犬山は野菜とか取っておいで」
ココと勇気が歩いてきたのを見て、すぐに近寄る。
ココが持つには重たそうな鍋に、古道はそれを受け取ってココをこの場から離そうとした。
不安そうに眉が少しだけ下がっていたのを見て、古道はもう一度舌打ちをする。
勇気の分の鍋も受け取ってココをひとりにするな、と目くばせした。
古道の意図をくみ取った勇気は頷いてココの後を追う。
「っ、あいつ、ずるい! 大神に重たいの持たせて!」
「そう思うなら、持ってくんない?」
「帰ってきたら文句言ってあげるね!」
「桜! ほっといてふくかいちょーのとこ行こうよ!!」
「駄目だよ! 翔太! 大神にばっかさせるあいつに文句言わなきゃ!」
そういいながら、古道の持つ荷物をわけて持たない花咲に、古道はため息をつく。
頭の悪い子は嫌いだな、と飼い主様が言いそうなセリフを呟いてしまいそうになり、押しとどめた。
誰とでもあたりさわりなく接して、嫌なことをされたり言われたり(もっともそんなことは今までにはなかった)しても気にはしていなかったがこればっかりは、気になってしまう。
ココの傍から離れることや、やかましい甲高い声を聞いているのも嫌で仕方がない。
「寮に帰ったらココ充しよ」
「なんか言った!?」
「なにも言ってない」
「友達に内緒ごとダメなんだよ!?」
いちいち語尾にエクスクラメーションをつけないと話せないのだろうか、と古道はもう一度大きくため息をついた。
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