壊させない
研修旅行は、国内にある学園が所有している島内に行く。
その島内には研修施設があるが、そこはまた学校と同じように豪華な作りになっていた。
まるでどこかの宮殿のようなつくりであるが、この学園に通う生徒はそれが当たり前となっているためなんとも思わない。
ココはこの島に来るのは二回目になるが、真っ白で装飾されたこの研修施設が大嫌いだった。
「白ってきらい」
フェリーの柔らかな座席に座りながらココがぼそりと呟いた言葉に、古道は頷いて柔らかな藍に近い黒髪を撫でた。
手を握って、と小さな声が聞こえてきてそれに従う。
ココの小さな手はいつも暖かい。
「ココ、まだつかないから眠りな。…ココは俺とふたりきりじゃないと眠れないだろ」
小さく頷いたココは古道の肩に頭を預け、目を瞑る。
長いまつげが頬に落ちた。
「うわぁー!! すごーい!!」
静かにフェリーから降りていく生徒の中、ひときわ大きな声が聞こえてくる。
その傍には生徒会の王子様と呼ばれる副会長や、少年と青年になる間の美しい時期で止まってしまったかのような双子の庶務、静かで清廉とした空気を纏った書記、ゆったりとした穏やかな口調で話す見た目は確かにまじめとは言えない会計がいた。
あたりから巻き起こる言葉は、ざわざわと攻め立てるような言葉が含まれている。
「ねっ、二、俺ね、あれが欲しいなっ」
「どれですか? ああ、あれですね」
桜が指さした先にあったのは、一般生徒が持っているきらきらとしたネックレスだった。
ふたりで並んでいる生徒たちは、嬉しそうに微笑みあっている。
そんな幸せなふたりを引き裂くように、副会長はカツカツとローファーの踵を鳴らし歩いていった。
「これ、あなたには必要ありませんよね」
副会長はそういうと、桜が欲しがったネックレスを指さして笑った。
「…ひどい…、お揃いで、買ったのに」
小さな泣き声を聞きながら、ココは目を覚ました。
柔らかな布地で覆われた座席には先ほどまではココと古道しかいなかったのだが、誰かが入ってきたようだ。
入ってきた生徒はふたりいて、ひとりは悲しそうに泣きもうひとりは顔を赤く染めて怒りをこらえているようで、ココは隣の古道を見上げる。
「聞きに行く?」
こくりと頷いた愛おしい子のために、立ち上がりふたりの元へ行く。
ふたりは古道を見ると、顔を逸らした。
ココは古道の袖を引きしゃがんでの合図をしてから、しゃがんだ古道の耳元へ口を寄せる。
「ああ、ココちゃんありがとう。…一年生の稲葉クンと海野クン。どうした?」
「…っ、言ったって、どうにもならないです」
「確かに。でも、俺たちが風紀委員だって言ったら? 被害届も出さないで泣き寝入りするつもりか?」
「取り返して、ほしいです…!」
悲痛な叫びのような訴えに、ココは胸を締め付けられる思いを感じた。
泣いてしまいそうな気持ちがこみあげてきて、古道の手をぎゅっと握りしめる。
ココの気持ちに気付いたのか古道の手も力強く握り返してくれた。
「君たちの幸せを壊させたりしないよ」
古道がそう言ってから扉を開くと、そこに風紀委員長と副委員長が立っている。
室内に入ってきた風紀のトップは腰を掛けて、とふたりに告げた。
優しさに満ちた声色に、ふたりは心が落ち着いてくのを感じる。
「心路、古道。いい子だね」
そう言って、笑った飼い主様に、ふたりは頷いて少し遠目に腰を下ろす。
ココはまだ眠たいのか、古道にぴったりと寄り添って目を瞑った。
眠れはしないけれど、ゆっくりと休める。
古道の冷たい手が心地よかった。
「古道、お願い、許して…」
ココの小さな囁きが古道に届く。
手を握る力を強めた。
「俺はいつもココちゃんを責めたりしないよ」
優しい手の心地よさに、ココはこくりと頷いた。
prev |
next
back