そして誰もいなくなる
新入生歓迎会を終えて、1週間ほどが経つ。
窓の外はもう真っ暗になりそうで、山になった書類はなくなりそうになかった。


「器物破損、もうひとつ器物破損、暴力事件、制裁、七月の研修旅行のプラン作成表、会計報告書、体育祭の役割当て、…終わりそうにないな」

のんびりとした声で桜花学園生徒会会長である九津帝都は書類を放り投げた。
一週間前の新入生歓迎会を機に、生徒会役員のほとんどが生徒会室に来なくなった。
それはつまり、「生徒会役員が自らに与えられた仕事を放棄してしまった」ということである。
九津は、特に何も考えず、自分がやっていれば特に問題はないと思い仕事をこなしていたが、とうとう膨大な仕事量にやる気が底を尽きてしまった。


「あー…、屈辱的だが、これは仕方がないな」

と、呟き、携帯を手に取ったところで、生徒会室の豪華な扉がノックされた。
返事をする前に扉は開き、今から電話をかけようとした相手が入ってくる。
お見通しか、と苦笑しつつ、立ち上がった。


「すまねえな、風紀委員長の桜庭聖」

「いや、気にしないでくれるかな。生徒会長の九津くん」

「まあ座れよ。茶は今入れらんねぇけど」

「それも気にしないでくれるかな。失礼するよ」

聖はにこりと笑うと優雅な仕草でソファーに腰を下ろす。
九津も同じように、聖の前に置かれているソファーに座った。
いつもはぎらぎらと光っているアーモンド型の目の下には、うっすらとくまが出来ている。
そのくまを見ながら、聖は笑みを浮かべた。


「君のところの役員がこのところ仕事をしていないようだね。僕のところに帰ってくるはずの暴力等の書類がまだ来ていない」

「あぁ、悪いな。見ての通りこんなことになっている。悪いけど、お前のところの使える者を何人か貸してもらいたい」

「もちろん。そのことを伝えに来た。優秀な子を見繕ってきたから、リストを渡そう。明日から、こちらに来てもらうから、くれぐれも失礼のないようにしてくれよ。僕の優秀な子達だからね」

「…当たり前だろ。桜庭、すまねえな」

軽く頭を下げる九津に、聖はすっと書類を差し出した。
細く骨ばった指先が書類をトントンと、叩いたのを見て九津はそれを受け取る。
書類内のリストの中に書き込まれた名前の中から、とある名前を探した。


「…もちろん、あの子は入れていない。君の傍に置くのは、雄イヌの方が許さないからね」

「ッチ」

舌打ちを打ってから、書類を片手に自らの席に戻る。
放り投げた書類を、貰ったリストを見ながら分けて、聖にひらひらと手を振った。


「あと、会長だからあまり無理をしないほうがいいんじゃないのかな」

「余計なお世話だっつの、嫌味かよ」

「よくわかってるじゃないか」

クスクスと笑う聖は、静かに生徒会室を出ていった。
残された九津は、ため息をつきながら、書類をわける作業を続ける。


「あー、あの白くてもちもちした肌に触りてぇな。犬山心路」

終わりの見えない仕分け作業の中、素直な欲望を呟いた。



「勇気くん、こっち」

小さな声が耳元で聞こえ、勇気は顔を上げた。
そこには勇気が美しいと思う少年が立っている。
にっこりと上がる口角の斜め下のほくろが色っぽいのに、下品さを感じさせないその特徴が美しくて、少年を魅せていた。
その後ろには、背の高い金髪の男が立っている。

ふたりはこの学園の中では、コアなファンがついている生徒である。
金持ち、成績優秀である選ばれた生徒が集まるSクラスの犬山心路と、不良の巣窟であるCクラスの大神古道。
なにより彼らは、中等部時にやってきた異端の転入生だったから、ひそやかに噂が立っていた。


「勇気くん、聞いてる?」

「あ…、ごめんね…」

「ううん、平気だよ。もう一度言うね、ココがこうやって、勇気くんを迎えに来てあげるから、安心してねって言ったの。…一緒に、風紀室に行こう?」

こそこそと内緒話をするように手を当てて話す心路に、勇気はドキリと胸を揺さぶられた。
心路の声は甘い猛毒のようだと思う。
後ろに立っている古道に視線を寄せると、古道はにやりと笑った。


「ココちゃん」

「うん。勇気くん、行こう」

すっと伸びてきた白く小さな手が勇気の手を撫でる。
ゆっくりと手が繋がれて、勇気は申し訳なさから古道をもう一度見た。
ダイジョブ、と口元が動いたのを見て、古道から視線を逸らした。
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