白い部屋
そういえば、約束してたえっちできなかったな。
そんなことを思いながら、心路は目を覚ました。
そこは病室で、心路の腕には点滴が刺されていて、ぼんやりとした痛みがお腹と左肩にある。
「心路?」
「…ん、こどお」
呂律が上手く回らず、舌っ足らずになった声に、心路は眉を寄せた。
声をかければ、古道はすぐにぎゅっと手を握ってくれた。
「…なに、こころ、どうしたの、くりす、ます、ぱーてぃー、後片付けは?」
「終わったよ。兄さんたちもさっきまで一緒にいたけど、留学の準備があるから、帰ったよ」
「そっか、…いたた、おなか、いたい。肩も」
「そりゃそうだ」
そう言って困ったように笑った心路の額に、古道が口付けた。
その唇が温かくて、心路は思わず笑う。
「あ、した、みおくり、いけるかな」
「…厳しいね。傷口、深かったから。左手もうまく動かせるかわからないし」
「…なに、こころ、そんな悪いの」
「悪いもなにも、刺されたんだから」
「さ、さされた? 誰に?」
ぽかんとしながら、そうつぶやけば、古道が眉間にしわを寄せた。
それから、困ったように心路の頬をなでて、鼓動は笑った。
「心路、どこまで覚えてる?」
「んー、クリスマスパーティーで挨拶して、後片付けするまで。鍵、こころがもってたけど、だれかかけてくれた?」
「お前がちゃんとかけてたよ」
古道にいわれ、ぼんやりと鍵を閉めたような気がしてくる。
それでも思い出そうとしても頭の中がぼやぼやとしていて、思い出す気にもならない。
お腹もいたいし、肩も痛いから、それだけで精一杯だ。
「…ん、あー、れ、れ、ぼやぼや」
「覚えてないんだね」
「そ、みたい。でも大事なことじゃない気がする」
「…そうだね、大事なことじゃないよ。忘れていいこと。一生思い出さなくていい。心路は俺とのことだけ覚えてればいいよ」
「こど、眉、しわ」
「ごめん」
そう言って笑った古道にキスをねだる。
キスをしてくれた古道の唇は、覚えのあるしょっぱい味だった。
「ないてる」
「ココちゃんがいなくなると思ったからね」
「こころ、いなくならないよ。古道の、そばにいる」
「そうだね、ずっと俺のそばにいてね。もう憂うものもなんにもないから」
動く方の右手で、心路は古道の頬を優しく撫でた。
それから唇をなでて、首筋をなでて、左肩を撫でる。
「ふふ、あ、やくそくの、えっちできないね」
「…それは残念だ」
「最近してなかったもんね」
左肩とお腹の痛みの原因は何かわからないけれど、もういい。
古道がもう何も気にしなくていいって言ったから、気にしない。
それでも何かから解放されたような気がしていた。
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