予備室
予備室に引きずり込まれた心路は、苦しくなった胸に手を当てた。
最近は穏やかに過ごしていて、過呼吸なんて起こさなかった。
息が荒くなって、短くなって、苦しさで不安が引き起こされる。
真っ暗なそこには、何人か帰ったはずの生徒がいた。

「っ、はっ、ひっ、いっ」

「犬山、おれらさー、ちょっと頼まれてね、ここにお前を引きずり込めってさ」

「…っ、だ、れ…っ」

「さあー、ま、俺らの仲間がさ、文化祭の日は大神にお世話になったからな」

「…っ、ふ、くかいちょ、の」

「もうあいつ、副会長じゃないからな」

大きな笑い声に、ぞっとする。
予備室は外につながる出口があり、連れて行かれた。
ここを出てしまえば、どこに連れて行かれるかわからない。
ドアの向こう側から聞こえてくる古道と、会長の声に心路は落ち着くように深呼吸しようと試みた。
それでも息は戻らず、目の前が暗くなっていく。
ふにゃふにゃと動けなくなった心路を、これ幸いとばかりに一人の生徒が抱え上げた。
そこで心路の意識はなくなった。

目を覚ましたら、知らない教室だった。
心路のそばには予備室に引き込んだ生徒と、心路の嫌いな姿が目に入る。

「…花咲、」

小さくこぼれた名前にぞわりと背中が泡立つ。
身体が思うように動かない。
どうやら手を縛られて、床に固定された机にくくりつけられているようだった。
足は自由に動く。
肌寒い教室の中、ブレザーは脱がされ、Yシャツもはだけられている。
何をされるかなんてすぐにわかった。
花咲はぐるぐる動きながら棚や黒板を叩く。

「…犬山のせいでっ、お前のせいでっ、大神は俺を見てくれないっ、帝都だって二だって、翔太だって静だって灯だって!! みんなみんな俺のことが好きで俺のそばにいるのが当たり前なのにっ、お前がみんなになにか吹き込んだんだろ!! みんながみんなが、おれのことすきなのに!! 全部お前のせいだお前の、お前の、お前のっ!!!」

狂ったような大声に心は眉を寄せた。
それから、嘲笑うように、口から息が漏れて、心路は自分が笑っていることに気づいた。

「自分が自分がって、誰がみんなあなたのことを好きだなんて言ったのかなァ」

心路の言葉に、花咲がぴくりと動きを止めた。
壊れたおもちゃのように、ぎこちなく心路を見下ろす。

「あはは、ぶっサイクな顔ぉ。あなた、そんなにみんなに愛されるって言うほど可愛くないじゃない、そっこらへんにいる子と同じ。それより、自己中心的な性格がにじみ出てもっともっと醜い」

「うるさいうるさいうるさいっ俺はっ、神様に愛されてるからっ、みんなに愛されてるんだよ!!!!」

「声もがなり声で汚いし? こころのこと大好きな古道があなたなんかに見向きすると思う? ふふ、それってとっても失礼で傲慢だよね。自分でそんなことにも気づけないの?」

心路の言葉にかっと頬を染めた花咲が、言葉にならない叫び声を上げて、心路の真っ白なお腹に向けて足を振り下ろした。
吐き出しそうな痛みと吐き気にむせながら、心路はぐっと机の足を掴んだ。
それから、息をゆるゆると吐き出し、止まらない笑い声をこぼす。

「ふ、ふふ、あははは、愚か、で、ぁっ、く、浅はかな考えで、他人に任せてこころのことレイプさせて、いやがらせして、そんなみにくいことするあなたがせかいで一番愛されるって、どこの神様が、そんなこと許すと思ってんの?」

「うるさいうるさいうるさいっ、うるさい!!!」

「あっ、一回、ぐっ、う、いっ、…っ許され、ちゃったっけ? あなたが、中学生の時、そこの人たちにさせたみたいに、こころのはじめてっ奪わせたよね、あはは、忘れてると思った? 忘れるわけ無いでしょ、あなたのこと、死ぬほど、ううん、殺したいって思うくらい憎んでるんだから、忘れるわけ無いでしょっ」

何度も白い腹を踏まれ、蹴られ、どす黒いあとが出来上がる。
それでも心路は花咲を挑発することをやめられなかった。
古道のことだけを思いたくても、根本的な憎しみは、怒りは消えない。
アドレナリンが出ているせいか、痛みがわからなくなってきて、心路は言葉を止めることができなかった。

「うるさいしか言えないの? とんだ間抜け、馬鹿、阿呆、あっ、低脳? 脳みそ詰まってないんじゃないの? 詰まってない、から、暴力しかっできなくて、言葉もないんだね。あなた、自身の言葉ってないの、使い古されたみたいに、愛してやる愛してやるって」

「っうるさいっ」

「愛って、やるもんじゃないでしょ、ばっかみたい、あなたみたいなやつを許した神様も、あなたみたいなやつを産み落とした神様も、あんたが神様から愛されてるって? あはは、クソばっか!! あんたみたいなやつは、地獄に落ちるんだよ、他人を踏みにじって、クソみたいなこと喚いて、どいつもこいつも、結局あなたのこと愛する神様がいるなら、神様なんて存在しないっ」

「っ」

「かみさまなんていないんだよ、花咲桜」
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