腕章
風紀委員室の仮眠室。
心路は姿見の前に立っていた。
いつもよりは、顔色はいい。
この日のために、体調を整えていたし、不安にならないように薬も飲んでいる。
それでも震える手が、鏡の中の心路の頬をなでた。

「…大丈夫」

そう小さく呟いて、心路は古道と、聖とセイの待つ風紀委員室のドアを開けた。


「心路、おいで」

優しい声に呼ばれて、心路は聖の前に行く。
聖の手には、風紀副委員長の腕章が丁寧に重ねられていた。
この腕章を貰えば、聖のそばにいることができなくなる。
涙がこぼれそうで、心路はぐっと息を飲んだ。

「…んー、僕が渡すより、セイに渡してもらったほうがいいね」

そう笑って、聖がセイに腕章を渡した。
セイもさみしそうに笑っていて、心路はますます泣きそうになる。
セイの優しい手に移った腕章。
優しい手が何度もその腕章をなでて、微笑んだ。

「心路」

「せ、い、お兄様」

「心路、あなたなら大丈夫よ。そんなに泣きそうな顔しないで、ね。あなたのぎこちない作り笑顔も、ちゃんと笑えたときの顔も、私、大好きなのよ。だから、ほら、笑って」

「んっ」

セイに言われたとおり、笑顔を浮かべてみせる。
そうすれば、セイが嬉しそうに笑ってくれた。
それから、心路の腕をとり、そっと腕章を通してくれる。

「大丈夫よ、私のそばでずっと仕事を見てきたんだから。あなたなら、しっかり古道を支えられる。下の子達を支えて、完璧な風紀委員会を作り上げられるわ」

「で、できるかなあ」

「大丈夫よ、私と聖が嘘をついたことがある?」

「…ない」

「ね、ほら、笑って」

セイにぎゅっと抱きついて、擦り寄る。
甘い香りが鼻をくすぐって、心路は笑みを浮かべた。

「古道」

ふいに聖の声が聞こえて来て、セイから離れる。
今度は古道が腕章を受け取る番だ。
聖は大きく両手を広げ、微笑む。

「…俺は泣かないから大丈夫だよ、飼い主様」

そう言って笑った古道に、聖は近寄って抱きしめた。

「お前はほんとにでかいなー、よしよし。僕はもうただの兄さんになるからね、頑張るんだよ、古道。心路とふたりでね」

ぽんぽんと、背中をなでてから、聖は身体を離して、腕章を差し出す。
古道はにやりと笑ってから、腕章を受け取って腕に通した。

「いつ帰ってくるかわからねーけど、しっかり白井君と黒瀬君育ててやるから、心配すんなよ」

そう言って、笑った古道につられ、心路も笑った。

「任せてね」

もう心路も、泣き虫でいられない。
そう覚悟を決めた。
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