大丈夫
「前々から考えていたんだけれど、セイと一緒に留学することが決まったんだ」
「りゅ、留学? 前々から、考えていたって、なに、さっきこどうとおはなししてたのはそのこと?」
「そうだよ。…心路、お前が心配で僕はなかなか留学が決められなかったんだよ」
聖の言葉で、心路はぎゅっととなりの古道を見た。
落ち着いた表情の古道に、知らなかったのは、心路だけだったと感じる。
ぶわりと浮かんだ不安に取り込まれそうになって、深呼吸した。
「あ、あ、ここ、にい様の、じゃましてた?」
「そうじゃないよ、オチビさん」
父のような優しい呼び方に、心路は目の前がぼやけて見えてきた。
聖はいつでも心に優しい。
「お前がちゃんと古道とお話して、やっと前のように少しずつ笑えるようになったから、僕は決心がついたんだ」
「…にいさま、どっかいっちゃうの? こころのこと、おいてどっかいっちゃうの?」
「心路、兄さんの話ちゃんと聞いて。お前もしっかりしないと」
古道の少し厳しい声に、心路はびくりと肩を揺らした。
震えながら、古道を見上げれば、優しい目をしている。
「…心路、もう二度と会えないわけじゃないよ。何回か帰ってくるし、留学が終わればこっちに戻ってくる。父さんの跡を次ぐためにも、お前たちのためにも必要な事なんだよ」
「…ん、」
「だから、お前にお願いしたいことがあるんだ」
「こころに?」
「そうだよ、心路にしかできないこと」
優しい瞳に見つめられて、ぎゅっと古道の手を強く握った。
「白井や黒瀬に任せるにはまだ早いからね。古道には風紀委員長を、心路には副委員長を任せたい」
「…こころ、できないよ」
「大丈夫だよ、お前はとても優秀な子だから。僕のお墨付きだ」
「…上手に出来たら、ほめて、くれる?」
「ああ、約束しよう、僕の可愛い弟」
大きく頷いてくれた聖に、心路も小さく頷いた。
ぽたぽたとまた涙がこぼれ始める。
「会長、この場に同席してもらったのは、この子たちを任せたいからだって、優秀な君ならわかてくれるよね」
「…ああ。まあ、俺がいなくてもうまくやってくれるだろう」
「まあね、なんせ僕の可愛い飼い犬だからね」
そう言って笑った聖はとても綺麗な笑顔を浮かべていて、心路はまた涙が止まらなくなった。
「クリスマスパーティーの日は、お披露目にもなるからね、体調をしっかり整えてきてね、心路」
うん、と大きく頷いて、心路は古道を見た。
大丈夫、と笑ってくれた古道に、心路もなんだか大丈夫なような気がしてきた。
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