王道的展開的な
「それでな! …あっ」
「桜、こんにちは。何を食べているんですか」
「えっとっ、いちい…、」
「市井二(いちいつぐる)です。もうお友達が出来たんですね、桜」
食堂のど真ん中。
歓声から悲鳴に変わり、あたりがざわざわと騒がしくなった。
真ん中にいる彼は花咲桜。
愛らしい栗色の髪はふわふわとくるくるとかわいらしい顔をかたどっている。
誰からも愛されそうな顔立ちだ。
「二先輩ッ、先輩もごはんか、ええと、ですか!?」
「そうですよ。ああ、後ろの人たちですか。後ろの人たちは僕と同じ生徒会のメンバーです」
「どもーっ、桜ちゃん! 俺はー、村松翔太。会計だよぉー! よろしくねっ」
「…っす。書記、川口…静」
「こんにちはっ。江本光だよ。生徒会役員やってまーすっ。よろしくねぇ。桜ちゃん、つぐつぐが言ってた通り、かわいい」
次々と挨拶してくる生徒会メンバーに花咲は困ったように笑う。
それから隣の友人にえへへ、と笑ってから、ぴょんっと立ち上がった。
ひとりひとりの顔をちゃんと見て、少し恥ずかしそうに頭を下げる。
「俺、花咲桜です!」
柔らかな栗色の髪が花咲の動きに合わせてふわりと揺れた。
「へぇ。これが今回の転入生か。…顔は、…あー、まあ可愛い方だな」
くいっと花咲の顎を指先で持ち上げ、ひとりの男が吟味するように覗き込む。
綺麗な茶髪は軽く右に流されていて、切れ長の瞳を時々隠した。
両耳のブルーのピアスは男の魅力を際立てる。
いっそう悲鳴が高く上がり、その中には生徒会メンバーの非難するような声も混ざっていた。
「味見っと」
ちゅっと花咲の桜色の唇に触れる。
舌先が唇を割り込み、中の熱気に触れる瞬間、静まり返った食堂に悲鳴が沸き上がった。
その悲鳴に促されるように、頬を平手で叩かれる。
「ってぇ。…つまんねぇなぁー、あいつみたいにビクビクおびえたりしたら可愛げもあんのになぁ。その面と中身は全く違うってか」
「九津っ、なにしてんですか…! 桜、すみません、この馬鹿が…!」
「ひ…、ひどい…っ、初めてだったのに」
「ハッ、とんだ化け猫だな」
トン、と副会長の肩を押した九都と呼ばれた男は、そのまま笑いながら戻るわーとひらひら手を振り去っていった。
「つまんねー」
大きなつぶやきが聞こえてきて、あたりはまたしんとする。
花咲はポタポタと零れる涙を手の甲で拭きながら、副会長を濡れた瞳で見つめた。
「…あの、人は…?」
「九津帝都、この学園の生徒会会長です」
「あんな人がっ」
とある山奥のお金持ちの中のお金持ちに寄るお金持ちのための全寮制男子校に、とてもとても可愛らしい箱入り息子がやってきたそうな。
たいそう愛らしいその子は、どこに行っても愛される存在だったようで。
今日は食堂の真ん中で愛されている。
「この学園でもどこでも愛される、だって、僕はそのために生まれてきたから…なんてプロローグでもありそうだね。ふふ、あははは…っ、ばっかみたい。ココ、そういうのだぁい嫌い」
食堂の風紀委員会専用スペースは二階の奥まったところにある。
隣には生徒会専用スペースがあるが今日はそこには誰もいなかった。
頼んだ鰆のムニエルにフォークを突き刺して、ココは食堂の一般席を見下ろす。
目の前に座った古道はそんなココを見て軽く笑った。
「俺も嫌いだなァ」
古道の指先がココの唇の左下にあるほくろを撫でる。
柔らかな唇が逆さに弧を描いた。
チロっと出てきた舌先のピアスが明るいライトに照らされ輝く。
「ココちゃん、その紅茶俺にちょうだい」
「どーぞ」
立ち上がった古道は手すりで腕を組み氷の入った紅茶をカランコロンと音を鳴らす。
ココもゆっくりと立ち上がって、古道にぴったりと寄り添った。
空いている手がココの腰を引き寄せて、ベルトを怪しく撫でる。
「こどう、なにするの」
「これを、こうしてみましょうか」
伸びた手がカランともう一度音を立ててから、手が離される。
高い位置からすっと落とされた紅茶の入ったコップは、ざわざわとしていた一階の床にたたきつけられて、一拍置いて悲鳴と叫び声が上がった。
その中に小さな笑い声が隣から聞こえてくる。
「あははっ、古道、見て。あの顔。あはは、」
「生徒会もあほ面さらしてるな。はは、ココちゃんもコーヒーいっちゃう?」
「みんなこっち見てるから出来ないよ。彼に気付かれないうちにイこ。もぉお腹いっぱい」
「そうだな、飽きたし。ココちゃん、部屋戻ってえっちなことしちゃう?」
古道の冗談にくすくすと笑い、ココは立ち上がった。
それから、古道の手を握る。
小さな手はポカポカとあたたかく、古道はそんなココの手に口元を緩めた。
ココの手はいつもあたたかい、そう思いながら、古道は一般席から視線を外した。
「…古道、あのね」
「ん?」
「少しだけ、少しだけ…。これが、終わるまで…、古道との約束、破ってもいい、かな」
ココの言葉に、古道は目を見開いた。
それからココの頬に触れる。
柔らかな頬に冷たい雫が零れた。
「俺の、ためだろ。俺への愛の証明のため」
耳たぶに光るお揃いのピアスにキスをして、古道はココを見る。
愛撫をするように、首筋をそっと撫でて、ココの額に自分の額を触れ合せた。
「いいよ、ココ」
古道の言葉にココは頷いて、強い瞳で古道の青色の瞳を見つめた。
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