初めての話-お泊り編-
「これ、お願いします」

寮長に外泊届を出して、14歳の素直は急いで学校を後にした。
電車に乗って、逸る気持ちを抑えるように深呼吸する。
今日は一か月前にできた恋人のアパートに、初めてのお泊りに行く。
膝に置いて抱えた鞄の中の少しだけ重たい荷物さえも愛おしい。

ガタンゴトンとゆれる電車が駅に泊まり、急いで降りる。
切符を改札に通して、駅前の待ち合わせで有名な噴水の前で立った。
あたりを見渡すと、仕事帰りのサラリーマンがたくさん歩いている。
まだかな、とあたりを見渡すと、後ろのポケットに入れた携帯が鳴った。


「後もう少しでつくから、気を付けて」

思わずメール文を読み上げる。
何に気を付ければいいんだろう、と思いながら、そっとそのメールを保護メールにした。
小さく笑ってしまい、ふるふると首を振る。
親には内緒のこのお泊りは、素直にとってはとてもドキドキとした一大イベントだ。


「素直」

不意に声をかけられ、声の方を向くとスーツ姿の恋人がいた。
Yシャツを腕まくりをした恋人は、ひらひらと手のひらを振って軽く笑う。
あ、と小さな声が漏れ、それから男の元に駆け寄った。


「ま、馬下さん」

「直樹、だろ」

「ん、あ…。な、なおき、さん…っ」

「まだそれでいいか。…久しぶり」

こくこくと大きく頷く素直に、34歳の恋人は優しく笑う。
Yシャツから覗く腕が自分の腕と違い、男らしく力強い。
まだ成長途中の自分の腕は白く細く柔らかかった。
その違いにドキリとしながらも、直樹を見上げる。


「うちに行く前にコンビニに寄ろうか」

「こ、コンビニ?」

「歯ブラシ、持ってきた?」

「持ってきてない、です…」

「だろ。歯ブラシとか、あと、お菓子とか買っていこうな」

「はいっ」

お菓子、の言葉に嬉しくなる。
コンビニに行くのも初めてだし、お菓子とやらを食べるのも初めてである素直にとっては真新しい。
うきうきとし始めた素直に、まだ子どもだな、と直樹は小さく笑う。
くしゃくしゃと髪を撫でると素直はぼっと頬を真っ赤に染めてきょとんとした。
素直はすぐ真っ赤になる。
そこが可愛いところである、と直樹は微笑まずにはいられなかった。

コンビニにつくと、素直は思わずわあ、と小さく声をあげた。
青色と白がメインカラーのコンビニに入るとにぎやかな音楽が流れている。
びくりと身体を揺らした素直は、少しだけ直樹に近づく。


「もしかして、コンビニも初めてだったりするのか」

こくりと頷いた素直に、直樹は目を見開く。
どうしてだろう、と首を傾げた素直は純粋で無垢で、とても愛らしい。


「これから、何回も来ることになるかもな」

「な、な、直樹、さん…っ、これは?」

「ん? これはポテチだよ。食べたことない?」

「ないです。…美味しい?」

「美味いよ。食べてみるか」

「食べたいっ」

カゴに入れた直樹に素直は嬉しそうに目を輝かせた。
これはこれは、と聞いてくる素直に、どんどんカゴがいっぱいになる。
初めてあったとき、世間知らずなこどもだと思っていたが、案外それが可愛い。
直樹はそんなことを思いながら、素直の髪を撫でた。


「これくらいだな」

レジにカゴを持っていく直樹を見て、素直はほうっとした。
自分が知らないことをたくさん知っている直樹は、自分よりもうんと大人だ。
そんな大人が自分の恋人であると思うときゅうと心臓が締め付けられる。


「素直、行くか」

低く優しい声が素直の耳をくすぐり、素直はこくりと頷いた。

煌々と輝くコンビニを後にして、二人は八畳一間の城へ向かった。

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