ケンカの話
「信じらんない!!」

「別にそこまで怒ることないだろ」

「楽しみにしてたのにっ」

「素直、」

直樹が伸ばしてきた手をパシンと叩き落とし、素直はプンっとそっぽを向いた。
テーブルに置かれた中身のないプリンの容器。
しんとした部屋の中でケタケタと笑うテレビ。
カンカンに怒った素直の髪にお昼寝でついたひょこひょこと動く寝癖。


「素直」

直樹の困ったような声に振り向きそうになる。
惚れた方が負けというのは、こういう時に発揮された。
どんなに嫌なことをされても、直樹のことが好きで好きでたまらない。
素直は唸りながら覗きこんできた直樹から顔を隠す様に体の向きを変えた。


「…3時にふたりで食べようと思ったのに」

「ごめん」

「直樹、プリン好きだからふたりで食べてのんびりしたかったのに」

「ごめんって、素直」

後ろからぎゅっと抱きしめられて、なんだか泣きたくなってすんと鼻をすする。
酷い、と小さく呟いた。
後ろの直樹はごめんって、とぐしゃぐしゃと髪を撫でてくる。
その甘い声に素直はため息をついた。


「なぁ、素直。デートしよう」

「…デート?」

「ちょっとスーパーまで」

「デートじゃない」

「デートだよ。スーパーまでお買いものデート」

むっとしながらも行くと小さく答えて、素直は立ち上がった。
直樹はいい子、と笑って素直に続いて立ち上がり、素直のつむじにキスをする。
そのキスの優しさに、きゅっと唇を噛んだ。


「素直、これにしよう。これ」

直樹がカゴに入れたのは、このスーパーの中で一番高いプリン。
いいの、と首を傾げたら、直樹はもちろんと笑う。
先を歩く直樹の後ろを歩きながら、背中を眺めた。


「直樹、ごめんなさい」

小さなごめんは直樹にはしっかり届いていて、振り返った直樹が素直の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


プリンとお菓子と、無くなった歯磨き粉を買ってから部屋に帰った。
歯磨き粉を洗面所に置いてから、ふたりは部屋に戻る。
ガラステーブルの上に袋を置いてから、腰を下ろした。
袋からプリンを出して、プラスティックのスプーンを取る。
カップの蓋をあけて、ひと口食べる。
カラメルと混ざった甘い味にほっとした。


「おいしい」

値段が高いこともあって、そのプリンはとても美味しい。
食べていると、隣の直樹も同じようにプリンを食べる。


「素直、こっち向いて」

「ん?」

直樹に呼ばれそちらを向くと直樹は小さく笑いながら、素直の口に直樹のスプーンを入れた。
直樹のものはかぼちゃの味で、口の中で自然な甘さが広がる。


「おいしい、かぼちゃ」

「素直のもちょうだい」

「ん」

スプーンで掬って、直樹の口に運ぶ。
食べたのを確認してからおいしい、と尋ねると返事が返ってきた。
へらりと笑うと、直樹が頬を撫でて、小鳥がくちばしを合わせるような柔らかなキスをくれた。


ケンカの話
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