料理の話
「あなたがいないと…、せんたーくものもなかな…」

思わず聞きなれた歌を歌いながら歩いてしまった。
かっと熱くなった頬をパタパタと仰いで、周りを見る。
幸い、鼻歌を聞かれるほどの人はいない。

今日は金曜。
外泊届もしっかり出して、それからタイムセールに間に合う様に電車に乗って来た。
時間どおりについたスーパーで格安で、それでいて新鮮な野菜やお魚を買えた。
レジ袋の中身をちらりと見て思わず頬が緩む。
それから素直は腕時計を見て少し駆け足になった。

付き合って一ヶ月後に渡された合鍵。
つけているキーホルダーも色あせていて、つけ始めてからもう4年目になる。
未だに合鍵を見るだけでにやにやとしてしまうのは仕方がないと思う。
そんなことを思いながら、素直は3階建てのアパートの2階にある直樹の小さな家に入った。


「今日はサバの味噌煮と、大根の葉のお味噌汁。それから玄米。最近太ってきたからなー、直樹…」

鼻歌交じりにひとりごとを呟きながら靴を揃える。
レジ袋を置いてから冷蔵庫の中身を確認した。
ビールと栄養ドリンクがたくさん入っている。

八畳一間の小さな部屋。
ひとり暮らしの直樹にはちょうどいいだろうが、素直が来ると少し狭い。
それでもその狭さが心地よい、と直樹が言っていたことを思い出して小さく笑った。
部屋の窓を開け放ってベランダに干してある洗濯物を取り込む。
それをベッドの上に置いてからブレザーを脱いで壁に掛けた。
ワイシャツを腕まくりしてから、料理に取り掛かる。
携帯で実家の家政婦から教わったサバの味噌煮の作り方を確認した。

サバの味噌煮を作り終え、それから玄米をセットする。
一通り夕食を作り終えてから、素直は今度は洗濯物を畳む作業に移った。

洗濯物を畳み終えて、うたたねをしていたら、携帯が鳴った。
直樹からのメールは、もうすぐ家に着くの短い一言。
洗濯物をクローゼットにしまってから、素直はベランダに出た。
2階からの景色の中に、直樹を見つける。


「直樹」

周りに迷惑にならない程度の音量で、声をかける。
直樹が上を向いて、小さく笑った。
直樹の足取りが少し早くなるのがわかって、きゅうっと心臓が締め付けられる。
部屋に入って窓を閉めて、それからお味噌汁とサバの味噌煮を温める。
ご飯はちょうど炊きあがっていてた。

ピンポン。
呼び鈴が鳴ったのを聞いて、素直は部屋のかぎを開けた。


「お帰りなさい」

ぱっと浮かんだ笑みに、直樹が優しく笑い返してくれた。


「いい匂いがするな。サバの味噌煮か」

「うん。あと大根の葉のお味噌汁」

「ちょうど食べたいと思ってたんだよ」

直樹から鞄とジャケットを受け取って、ハンガーに掛けたり、いつもの定位置に運ぶ。
素直のブレザーの隣にジャケットをかけてから、夕食をテーブルに並べた。


「直樹、先に手荒いうがいして。今風邪流行ってるって、テレビで言ってた」

「おう。奥さんがいるみたいだな」

「…っ」

その一言で顔を真っ赤にした素直は、それを隠す様にご飯を盛る。
全部お見通しな直樹は、素直の頭を撫でてただいま、と笑った。


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