過去の話-夢編-
窓の外は雨模様。
ざあざあと鳴る雨音に少しだけ憂鬱になりながら、素直はアルバムを見直していた。
一番新しいものから古いものを眺めていれば、幼くなっていく自分と直樹の姿がいる。
そっと写真の中の直樹を指先で撫でれば、自然と笑みがこぼれた。


「昔も、今も、かっこいいな」

ベッドの上でゴロンと寝返りを打ち、アルバムを胸に抱きしめた。


「早く帰ってきて」

嫌な思い出を思い出す前に。



静かな部屋の中でひとり。
窓の外の雨音すら聞こえない部屋に、閉じ込められて机と向き合わされる。
後ろに立った家庭教師が常に間違いがないか見つめている中で、息が詰まりそうだった。


「素直様、間違えてます。この問題は何度も間違えていますね」

「ご、ごめん、なさい」

「間違えた罰です」

耳元から聞こえた声に、体が緊張で固まる。
身なりだけは気にする母が用意した高いYシャツ越しに背中を大きな手で撫でられる。
それから、すぐにその手のひらはYシャツの中に入り込み強烈な痛みと熱が走った。


「…」

少しでも声を漏らせば、また背中に熱が走るのを知っている。
グッと唇を噛み締めて、手の中の鉛筆を握りしめた。


「…次は間違えたらいけませんよ。中学生にもなってこのような問題も解けなくては今朝白家の名に恥じます。たとえあなたが…、」

声を出さずに済んだが背中の痛みが激しくて意識が飛んでしまいそうだ。
家庭教師の声が遠のいて行く。
それでも次の問題を解かなければ、また次の痛みがやってくる。
ならば、意識が飛ぶ前に次の問題を解かなければいけない。
震える手が霞んで見える。


「ほら、早く解いてください。この程度の問題も解けないのですか。これだからあなたは…」

こんな痛みと重圧が続くのならば。
この痛みと、苦しみと、重苦しい部屋での生活が続くのならば。

死ぬしか、解放される方法はないんだ。







「素直」

耳元で聞こえてきた優しい声に目が覚める。
震えている体が、汗をかいていることに気づいた。
いつの間にか抱きしめていたアルバムが床に落ちている。
震える体は強張り冷たく、体を動かしにくい。
心配そうに顔を覗き込んでいる直樹に強張った顔で笑いかければ、直樹がグッと唇を噛み締めた。


「帰るのが遅くなってごめんな。こんな雨の日に…」

男らしい大きなてのひらがベッドと素直の背中の隙間に入る。
それからグッと力強い腕が素直を抱き上げ、腕の中に閉じ込めた。
強張っていた体がようやく力が抜け始める。
震える手で直樹の背中に腕を回して、体をすり寄せた。


「…お願い…抱きしめて」

聞こえないくらい小さな声が唇から溢れる。
その音を拾った直樹がすぐにぎゅっと抱きしめてくれて、体中が温かくなる。
温まり始めた体はようやく思った通りに動かせるようになり、ぎゅっと直樹の背中にしがみついた。


「おかえりなさい、直樹」

思わず口元が緩んだのを感じたら、目の前の直樹が苦しそうにまた、唇を噛んだのが見えた。

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