慎ましやかな幸せ
ヒートを終えてからの千陽があまりにも可愛すぎて、番休暇をもう一週間伸ばした。
嬉しそうにしがみついてくる姿が可愛くて堪らなかった。

今日は休みの一日目で、千陽にねだられて外出している。
夏に、千陽と一緒に泊まった旅館へきていた。

「千陽、寒くないか」

「ん、だいじょーぶ。んー、ふふ」

ふわふわと笑う千陽が嬉しそうで、ギュッと手をつないだ。
女将と挨拶をして、部屋に入ればすぐに千陽が出窓に駆け寄る。

「駿さん、すごいよ」

「ん?」

「雪っ、冬の海って、すごいね」

窓の外に広がる景色を見て、目を輝かせている千陽のそばによって腰を引き寄せる。
ん、と甘い声を漏らして見上げてきた千陽の髪へ頬をすり寄せた。

「ここでよかったのか」

「…うん、駿さんともう一回ここに来たかったの」

「そうか」

「前はね、ずっと怖いなって、いつ、俊さんとはなればなるかわからなくて、怖いなって思ってたんだけど、今は、もう幸せだけ感じられるから」

そう呟いた千陽の言葉に息を飲んだ。
あの時、あの日、千陽がそういうふうに感じながら、ここで過ごしたかと思うと切ない。
千陽をぎゅっと抱きしめて、出窓に腰をかける。

千陽の真っ白な鼻先へ口付ける。
それから頬をなでて、キスをした。

「千陽、風呂入ろうか」

「うんっ」

荷物をある程度片付けてから、お風呂へ向かった。
服を脱がせ合って、内風呂へ入った。
窓の外は綺麗な景色が広がっている。

「きれいだね」

「ああ、昼間から温泉に浸かるのもいいな」

ん、と吐息を漏らしながら、深く浸かる千陽に小さく笑った。
こうして、幸せだけを感じてもらいたい。


「駿さん、俺ね。温泉好き」

「急にどうした」

「んー、温泉も、海も、初めてが駿さんでよかったなあって思って」

「そうか、俺もそう言ってもらえて嬉しい」

あけた窓から入ってくる風に頬がひんやりとする。
温泉はあたたかくて、とてもきもちいい。
千陽と十分に一緒に温まってから、上がった。
細く華奢な身体をタオルで包み、ぼんやりと心地よさに浸っている千陽の世話をせっせと焼いた。

「部屋戻ったら何する?」

「売店見に行きたい。涼太と凛花さんのお土産買いたい」

「もう買うのか」

「今のうちに買っておいて、あとの時間は駿さんとイチャイチャする」

可愛いことをいう千陽を抱きしめて、笑った。
ふたりで浴衣を来てから、財布を持って部屋を出る。
すっと手を差し出せば、頬を桜色に染めた千陽が握り返してくれた。
ぽかぽかと温まった手にぎゅっと力が入って、引き寄せられる。
肩が触れ合えば、千陽が笑った。

「新婚旅行みたい」

「そうだな。海外に連れて行こうと思っていたのだけれど、これでいいのか」

「んー、これでいいよ。俺ね、つつましやかな幸せがすきなの」

「慎ましやかって言葉知ってたのか、お前」

「む、馬鹿にした」

「馬鹿にしてない、俺の奥さんは慎ましやかだな」

けらけらと笑って見せる。
千陽は目を細めて、ふにゃりと顔を緩めた。
楽しそうでなにより。
そう思いながら、話しているとあっという間に売店についた。

「わー、いろいろあるね」

「ああ」

「どんなのがいいかな、お菓子系?」

「まあお菓子系が定番だろうな」

千陽に手を引かれながら、陳列棚を眺める。
ご当地もののお菓子を見て味見しては、こちらを見てニコニコ笑う千陽が可愛らしくて釣られて笑ってしまった。

「これとかどうだ」

「ん、えびせんべい」

「これ、案外うまいぞ」

「ほんとだー、おいしい。では、これにします。これは涼太と嶺緒」

「凛花と金内にはどうする」

「甘いのにする」

そう言ってまた味見をはじめた千陽のあとを付いて歩いた。
途中でかごを持ったら、思ったよりもたくさん買い込んでいて、ふたりで顔をあわせて笑う。

「これで終わり。あと、お部屋でつまむのとかかってく? 駿さん、お酒、飲むだろ」

「ああ、千陽、そろそろ味見終わりにしないと夕飯はいらなくなるぞ」

「た、確かに。味見はもうやめます」

「そうしてください」

つまみを数品買ってから、また手をつないで、部屋へ戻った。
部屋に戻って、お土産を鞄のそばに寄せて、座椅子に腰を下ろす。
満足そうに息をついた千陽に、お茶を二人分、入れた。

「ありがとー」

「どういたしまして」

「駿さん、ね、トランプしよ」

「持ってきたのか」

「うんっ、あとね、オセロもあるよっ、どっちがいい?」

「じゃあ、オセロからするか」

わーいと嬉しそうに声を上げた千陽は、座ったばかりなのにまた鞄の方へかけていった。
オセロとトランプを持ってきた千陽がにっと笑う。
お茶をこぼさないように脇に寄せて、オセロを出した。

「ジャンケンで負けたほうが黒ね。黒が先行です」

「ああ、じゃんけん」

「ぽんっ」

「千陽が黒だな」

「おっけー」

千陽が最初にひとつ黒に裏返したのを見て、答える。
ああでもない、こうでもない、そう声を上げながら、ころころと変わる表情が面白くて、思ったよりも熱中して遊べた。

「駿さん強いね」

「そうか?」

「ん、だって四回やってまだ勝てない」

「お前が弱いんじゃないの」

「また馬鹿にしたー」

むっと唇を尖らせる千陽に笑い、その唇に小鳥のようなキスを送る。
そうすれば、千陽の頬が赤く染まって、微笑まずにはいられなかった。
もごもごと口を動かしながら、オセロの駒を片付ける千陽に笑う。

「次トランプしよ。ばばぬきー」

「ふたりでやっても楽しくないだろ」

「え、じゃあじじぬきしよ」

トランプを切りながら、千陽が提案してくる。
ルールは知っているからできるが、そろそろもうひと要素入れて楽しむのも良さそうだ。
そう思い、お茶を飲んでから、千陽に提案した。

「わかった。負けたほうが罰ゲームはどうだ」

「えーっ、バツ何にするかによるー」

「負けた方からキス」

「…それ、駿さんやり慣れてるからバツにならない」

目元を赤く染めた千陽がじとりと睨んでくる。
それに思わずわらって、千陽からトランプを取り上げて、札を配った。

「じゃあ、俺にして欲しいことあるか」

「んー、じゃあ、俺が勝ったら、駿さんひとりえっちして」

「お前、いきなりハードル上げたな。俺もお前にして欲しいから、負けたほうがオナニーな」

「よっし、絶対負けないから」

やる気を出した千陽に笑い、手札を見る。
学生の頃にも罰ゲームありのトランプゲームをして遊んだな、と思い出す。
千陽にも、そういう思い出を作ってあげたい。
胸の中に燻っていた思いがまた、芽を息吹かせたような気がした。
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