ファミレス
センセーの家で身体が動くまで、過ごさせてもらった。
まともに飲み食いせずに、熱い夜…、まあ昼夜問わずに熱い時間を過ごしていて、お腹もすいている。
しっかりと制服を着て、センセーと昼食を食べるために外に出ていた。
「どこ行くの、センセー」
「お前の好きなところでいい」
「え、俺の好きなところ?」
「何回も言わせんな」
そう言われても、物心ついた時から外食には連れて行ってもらえなかったし、家を追い出されてからはコンビニにお世話になっていた。
ファミレスも幼馴染に連れられてちょくちょく行くぐらいだから、朝食を食べる場所なんてファミレスかコンビニしか知らない。
センセーを連れて行くのは、子どもっぽすぎて恥ずかしいと思う。
それにセンセーの持ち物とか見てて、そんな安っぽいものって馬鹿にされるかもしれない。
考えれば考えるほど、思考の沼に落ちていくような気がして、センセーを見上げた。
「店、ファミレスかコンビニしか知らない」
小さな声で、そう呟く。
センセーとのおっきな差を強く感じた。
センセーは自分でお金を稼いで生活している。
自分はそれに比べてどうなんだろうって。
いつもこの生活に甘んじていた自分が恥ずかしかった。
「お前の好きなところでいいって言っただろ」
「…でも、センセー、ファミレスとか、嫌いそう」
「そんな関わってもいないクソガキに、俺の好み好き勝手に決められましても」
呆れたような声でいうセンセーにカチンときて、睨みつけた。
センセーはカラカラと笑い、それから大きな手で頭を撫でてくる。
そんなに関わっていないって単語がちょっとムカついた。
センセーは俺の名前を知らないし、俺もセンセーのことなんて学校のセンセーとしてしか知らない。
ただ、そのたくさんの知らないの中でもちょっとずつセンセーのことを知り始めてる。
好きな煙草だって、セックスの仕方だって、荒っぽいところだって、面倒見がいいところだって。
頭を撫でられて、ぼそりと心の声が漏れた。
「…セックスだってしたのに」
「セックスしても分かることと分からねえことがあるだろ」
「…そーだけども」
「オラ、早く行くぞ」
「わ、どこ行くの」
手を引かれて、頬が熱くなっていく。
センセーは周りを気にせずに手を握り引っ張っていく。
夏の暑さにやられてしまったのだろうか。
アスファルトに降りしきる光が熱かった。
ついた先は、幼馴染とよく行くファミレスの別の店舗だった。
馴染んだ外観とセンセーが同じ視界に入ると頭が混乱する。
シンプルだけど高級そうな物に身を包んだセンセーは、こんなところよりもレストランとか、格式高いところが似合うと思った。
「センセー、ファミレスなんて知ってるんだ…」
「学生のたまり場って言ったらこの店だろ。まあ、別店舗だが。教師のあいだでも話題に上がるさ。絶対に行かない場所のひとつとして」
「それ、生徒の俺に言う?」
「今、プライベートなんで」
「ふーん…」
店に入り、案内されてから、メニューを眺める。
お腹はすいているから、肉が食べたい。
でも、この暑さでやられた俺の胃で食べきれるだろうか…。
そう思って選ぼうと思ったメニューでは、おそらく足りない。
それからデザートも食べたいけど、…やっぱり財布の中、どれくらい入っているだろうか。
カバンの中で軽く財布を開けて確認した。
それから、物足りなくなるであろうメニューを頼むことに決め、財布の中身も足りことを確認していたら、センセーが煙草に火をつけるのが見えた。
キャスターの香りが鼻をくすぐって、ほっとした。
「何食うの」
「んー、これとこれ」
「もっと高いの食えばいいのに」
「別にいつでも食べれるからいいし。今手持ちのお金、ないの」
「お前、子どものくせに自分で払う気になってたのか」
センセーは驚いたように目を見開いて、それから大きな口を開けて笑った。
その様子に頬が熱くなる。
だって、って言おうとしたら、センセーが呼んだ。
センセーは注文をあっさりすませて、それからまあ食えってと笑う。
センセーは笑うとどこか子どもみたいだ。
「センセーのおごりならもっと食べよっかな」
「残したら殴る」
「暴力教師っ」
そう言って笑えば、センセーが煙草を口元に運んだ。
ゆらゆら揺れる煙が唇の先から溢れ出してきて、登っていく。
その様子がどこか綺麗だった。
窓の外を見れば、暑そうにアスファルトから熱気が漂っている。
「ね、センセー」
「あ?」
「なるべく、早く噛んでね」
お願い。
唇からこぼれ落ちるように、漏れた囁きに、センセーが目を見開くのが見えた。
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