バレンタイン
駿さんを仕事へ見送ってから、部屋掃除をする。
普段からせっせと掃除をしていたため、掃除機をかけるくらいで十分だ。
掃除機をかけてから今度はお風呂掃除とキッチン周りを綺麗にして、トイレも掃除をする。
一人暮らしをしていた時は適当にしていたし、ほとんど嶺緒がやっていたけれど、今はなんでもできるようになった。
それがどこか嬉しくて、その成長を駿さんも喜んでくれてることが嬉しい。
「よし、掃除はオッケー」
掃除を終えてから、朝ごはんの残り物を軽く食べる。
駿さんのお弁当の中身と同じ。
ぼんやりとしていると携帯が鳴った。
「もしもし」
『もしもし、ちー?』
「涼太? 何」
『バレンタインの準備終わった?』
「駿さん帰ってくるのまだまだだから、部屋掃除とかしてた。涼太は」
『なんかドキドキしちゃって、ちょっと練習してた。余ったら兄さんにあげればいいかなって』
「涼太お兄さんいるんだ」
『まあねー、兄さんαだけど』
これは長電話になりそうだ、と思いながら食器をキッチンへ運ぶ。
肩口で押さえながら、洗い物をする。
『ちーと話してるとなんだか安心するんだよね』
「そう?」
『うん、だからついついいつもちーに電話してもいいかなとか思っちゃう』
「昼間ならいつでもいいよ」
『ほんと?』
「うん」
涼太の嬉しそうな声に思わず笑った。
ひとりで家で過ごしていると退屈なこともあるし、涼太がこうして電話してくれるもの楽しいから嬉しい。
「いつでもいいから」
『そっか、ありがと。ちー。そろそろ準備しよっかな』
「そうだな」
電話を切ってから、材料を冷蔵庫から取り出す。
お風呂のセットをするのを忘れていたことを思い出して、セットした。
それから、今度こそ作り始めようと腕まくりをした。
ケーキを作り終えてから、ソファーで休憩する。
駿さんが帰ってきたらすぐにお風呂に入ってもらえるように、お風呂も準備を終えているし夕飯の準備も終わっていた。
夕飯はケーキに合わせてビーフシチューとサラダと洋風を選んだ。
ワイングラスも準備しているから、駿さんが楽しんでくれたら嬉しい。
「喜んでくれるといいな」
きっと、涼太も凛花さんもおんなじようにそわそわしてるんじゃないかな。
そう思いながら、小さく笑った。
携帯が鳴り始めて、電話をとる。
『千陽、仕事終わったから、これから帰る』
「ん、お疲れ様」
『夕飯はなんだ』
「ビーフシチューとコーンサラダだよ。あとワインも用意したよ」
『いいな。楽しみにしてる』
「うん。気をつけて帰ってきてね」
『ああ、じゃあ』
電話を切ってから、しゃんとする。うんと背伸びをしてから、お風呂場にいき浴室暖房をつけた。
駿さんが帰ってくるまで30分くらいだ。
テーブルに腰を下ろしてから、頬杖を着く。
チャイムが鳴って、駆け足で玄関へ向かう。
ドアを開ければ駿さんが俺を見て笑った。
「ただいま」
「お帰りなさい。お仕事お疲れ様でした。…寒かったでしょ、お風呂にする?」
そう尋ねれば、駿さんがもう一度笑う。
どうして笑っているのかわからなくて、首を傾げれば駿さんが低い声で囁いた。
「他の選択肢はないのか?」
「…ッ、も、からかわないでよ。早くお風呂はいってご飯にしよ」
「ああ。千陽は?」
「ん、一緒に入る」
駿さんからコートとカバンを預かって、片付ける。
それから、先にお風呂場に向かった駿さんの後を、お風呂の準備をして追いかけた。
入浴剤を入れて、洗濯物をカゴに集める。
「駿さん、背中流すよ」
「ああ、ありがと」
「仕事疲れた?」
「それなりに。今日は何してたんだ」
「掃除したり、涼太と電話したりしてた」
「いつもありがとな」
前を向いたまま、駿さんに言われて、小さく笑う。
ぎゅっと広い背中に抱きついて、返事の代わりに耳にキスをした。
幸せだーなんて思っている間に、駿さんの体を洗い終わる。
場所を交代してから、今度は駿さんに体を洗ってもらった。
湯船に入って、ほっと一息つく。
心地よい温度に息を漏らせば、駿さんに目にかかった髪を耳にかけられた。
ポタリと水滴がお風呂に落ちる。
「駿さん、ただいまのちゅーまだだよ」
「そうだったな」
軽く笑った駿さんが唇を重ねてくれる。
ちゅうっと上唇を吸われて、思わず笑った。
もう一度、軽く唇を重ねる。
「体あったまった?」
「だいぶ」
「そろそろ上がる?」
「あと10数えたらな」
「はーい」
ゆっくり10数えてから、お風呂から上がる。
部屋着に着替えてから、駿さんに髪を乾かしてもらった。
「髪伸びたな」
「そうかな」
「そろそろ切りに行くか」
「んー、まだいいよ。ちょっと伸ばそうかなって」
「今のままでもいいけど、長くても可愛いかもしれないな」
「どうも」
笑いながら背伸びをして駿さんの顎に口付ける。
同じように笑った駿さんが、終わり、と今度はつむじにキスをくれた。
お風呂の片付けは駿さんがやってくれる。
その間に夕飯の支度へキッチンへ向かった。
鍋に火をかけて温めながら、サラダをお皿に装う。
テーブルに運んでから、ワイングラスも置いた。
ビーフシチューが温まって、スープ皿に入れてフランスパンを切った。
お風呂の片付けを終えた駿さんがきて、お皿を一緒に運んだ。
「いただきます」
挨拶をしてから、夕飯を食べ始める。
ワインを注いで駿さんが飲むのを眺めた。
「美味しい?」
「ああ、うまいよ。本当に料理が上手くなったな」
「元々そんなに嫌いじゃなかったから」
そう言って笑いかければ、駿さんが目を細めた。
美味しい夕飯に美味しいワイン。
仕事で疲れた駿さんが、ほっと一息をつく姿が大好きだ。
「嬉しそうだな」
「うん、駿さんが美味しそうに食べてくれるから」
「そうか」
駿さんが微笑んでいる。
仕事場での雰囲気はどんなかは知らないけれど、家では前よりもうんと笑ってくれるようになった。
それが嬉しいし、多分俺も同じくらい笑っているのだと思う。
「ふふ、今日はねー。デザートもあるんだよ」
「デザート?」
「うん。だから、ちょっと夕飯は少なめなの。楽しみにしててね」
「ああ、俺も土産を買ってきたから、それも一緒に食べようか」
「お土産?」
「後でのお楽しみ」
こくりと頷いて、ビーフシチューを食べる。うん、美味しくできてよかった。
夕食を食べ終わって、二人で先に後片付けをする。
お皿を洗い終わってから、ほっと一息ついた。
紅茶を入れながら、鼻歌を歌う。
リビングのソファーに腰を下ろした駿さんに紅茶を出してから、ケーキの上にバニラアイスをのせて運んだ。
凛花さんからハートの形にしなよ、と言われた通りの形。
バニラアイスとチョコレートの香りにムズムズと恥ずかしくなる。
テーブルの上に自分の分と、駿さんの分をのせて隣に座った。
「千陽…」
囁くような声で名前を呼ばれて、頬が熱くなった。
駿さんが優しくもう一度名前を呼んで、キスをくれる。
「バレンタイン」
「ありがとう、俺からも」
「…駿さんも、買ってきてくれたの?」
「ああ、チョコレート」
「わ、これ高いのじゃん」
「お前のにはかなわないよ」
そう言って駿さんは何度も頬や額にたくさんキスをくれる。
すごく嬉しかったんだと思うと、胸が締め付けられた。
「アイス溶けちゃう」
「千陽、ありがとう」
「うん、食べよっか」
笑いかければ、駿さんが最後に唇にキスをくれた。
スプーンを渡して、チョコレートケーキを食べる。
バニラアイスと一緒に食べれば、甘くて冷たくて、とろけるような味がした。
「凛花さんと涼太と一緒に練習したんだよ。お菓子作るの初めてだったから」
「そうか…。うん、うまいよ」
「ふふ、よかった。喜んでくれて」
「手作りでくれると思わなかったから」
駿さんの頬が緩んでいるのがわかって笑ってしまう。
本当にこのひとは俺に甘い。
「千陽、愛してる」
相当嬉しいのか、駿さんが手放しで愛を囁いてくれるのが心地よかった。
「ん、駿さん、嬉しいの」
「当たり前だろ」
当たり前なのかわからないけれど、駿さんが喜んでくれてよかった。
「アイス溶けちゃう前に食べてね」
「ああ」
駿さんがくれたチョコレートを箱から取り出して食べる。
高級なチョコの味が鼻から抜けて、ほっぺたが落ちそうになる。
「美味しい
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ッ」
「そうか」
「ん、駿さんも一個食べていーよ」
指先でチョコレートをつまんで駿さんの口元に運ぶ。
チョコレートを食べた駿さんは、うまいな、と笑った。
「ふふ、幸せ」
「ああ」
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