おねだり

『もしもし、ちー?』

「もしもし」

『今日は何か用事とかある?』

「駿さんも仕事だから、特にないけど、何」

早朝にかかって来た電話に眉を寄せながら出ると、なんとなく久しぶりに感じる声が聞こえて来た。
駿さんはまだ寝室で寝ているから、今が朝ごはんの準備中でよかったと思う。
涼太の声はウキウキとしたような声で、どうしたんだろうと首をかしげた。

『ちょっと買い物行きたいんだけど、一緒に行かない?』

「買い物? また、なんで俺」

『いや、嶺緒君じゃちょっと…。それに、ちーも関係してくると思うんだけど』

モゴモゴと本題をなかなか話そうとしない様子にもう一度首をかしげた。
はっきり言えばいいのに、そう思いながら、吹きこぼれそうになっている鍋を止める。
今日の朝ごはんは駿さんの提案で白菜とサツマイモと、いろいろな野菜を入れたお味噌汁と焼き魚。
それから、一緒に作っていた弁当は野菜中心にしている。

『ちー、もしかして忘れてる?』

「何が。はっきりしろよ」

『明日バレンタインでしょ』

「あっ」

バレンタイン。完全に忘れていた、恋人のイベント。
この年まで全く関係のなかったことだから、頭からすっぽり抜け落ちていた。
確かに、駿さんとそういう関係になってからのバレンタインは初めてだ。
イベント事にも乗っかってみたいなんて。
あの人と一緒にいるようになって、思考回路が乙女よりになっている気がする。

「そう言えば…、な」

『ね、俺も嶺緒君に渡したいし…。だけどさ、あの女の人がいっぱいいるデパートとか店に入るのはちょっとって思ってさ』

「まあ、確かに、そうだよな」

『だったら、ちーとふたりならいいかなーって』

「いや、男ふたり連れもおかしいだろ」

それに、買ったものより手作りの方がいいような気がしなくもない。
駿さんなら自分で買えるし…。
高いものよりも、自分で作ったものを食べて欲しい。

「…作るか?」

『ちー料理できるの』

「ご飯系はできるけど。…お菓子は作ったことない」

『ダメじゃん』

「でも、頼りになりそうな人はいると思う」

思い浮かべたその人に連絡するのは、少し緊張するけれど、あの人ならきっとお菓子も作れると思う。
そう伝えればアポとってと、すごい勢いで電話を切られた。
これからどうするつもりかと聞こうと思ったのに電話を切られてしまいため息がこぼれた。
ピコンと間抜けな音を立ててメッセージが届く。
着替えたり準備するから、連絡つき次第教えて。
せっかちだな、と苦笑しながら、急いで頼りになるであろうあの人へ電話をかけた。

「千陽」

「おはよ、駿さん。今日は自分で起きれたね」

昨日、なかなか起きてこない駿さんを起こしに行ったことを少しからかってみる。
まだ寝起きでどこか不機嫌そうな様子に思わず笑った。
早く顔洗って来て、とタオルを渡せば、駿さんが大きなあくびをしながら洗面所に向かって行った。
 
頼りにしていた人とは連絡がついて、急だったのにもかかわらず一緒にバレンタインのチョコレート作りをしてくれることになった。
涼太にもそのことを伝えると、嬉しそうなスタンプを大量に送って来て思わず笑ってしまった。
よかった、と一息つくと、駿さんが戻って来ておはようのキスをくれる。
そのキスに返事を返してから、朝食の席につく。
料理もなかなかに上出来だ。

「今日もうまいな」

「ん、よかった」

「ありがとう」

「どういたしまして」

小さく会話をしながら朝ごはんを食べる。
いつ切り出そうかなと思っていると、駿さんが顔を上げた。

「どうした、ソワソワして」

「んーと、あの、涼太と、凛花さんと買い物に行きたいんだけど…、いい?」

「珍しい組み合わせだな」

「んん、うん、まあ…、買い物してから、凛花さんのお家でちょっと遊んでこよっかなって。あ、金内先生が車出してくれるって、…ね、いーい?」

サプライズにしたいから、理由はなんとかごまかしたい。
ちょっと甘えた声を出して尋ねれば、駿さんが眉間にしわを寄せて唸り声をあげた。
これは失敗したかな、と思って、少ししょんぼりすればため息が聞こえてくる。

「…金内が車出してくれるなら、構わないが…」

「どうしたの」

「…遅くなるなよ。俺が帰る前には必ず帰ってこい」

「ん! もしかして、ヤキモチ?」

「うるさい」

ご飯を食べ終えた駿さんが食器を運んでいく。
俺も立ち上がって食器を運んでから駿さんのスーツの背中に抱きついた。
いつもはサバサバしてすました顔をしてるのに、時々こどもみたいに嫌そうな顔をしてヤキモチを焼いてくれるところが好き。

「洗い物ができない、邪魔」

「ん、大好き、駿さん。ちゅーしよ」

「お前、それだけで済むのか」

「すまないー」

「なら、お預け。帰って来てからな」

「えー、けちんぼ」

振り返った駿さんが複雑そうな顔をしながら額にキスをくれた。
そのキスに舞い上がりそうになりながら、ぎゅっと抱きつく。

「…帰り、迎えにいくから」

「うん、待ってる。…やっぱ、ちゅーして、ね、お願い、駿さん」

「仕方ないな」

そう言いながらも駿さんはどこか嬉しそうで、唇に触れた温かさに小さく笑ってしまった。
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