式場
雪も本降りになってきた日、千陽と一緒に結婚式場の下見に来ていた。
家族や親友のみ呼ぶことにした式場は駒門家の結婚式とは思えない小さな場所を選んだ。
いずれは千陽も公の場に共に出てもらうことになるが、それは今でなくていい。
ふたりでの生活を今は存分に楽しみたいと思う。

「か、可愛い、結婚式場、だね」

顔を赤らめた千陽がもじもじと呟いた。
手袋をしている指先を重ねたり曲げたり、せっせと忙しなく動かしている。
可愛い新妻は顔を真っ赤にしながらマフラーに口元を埋めて、小さく唸った。

「千陽、行こうか」

「…ん」

こくりと小さく頷いた千陽の手を取って、結婚式場に向かう。

暖かい店内の受付に通されてから、小さなテーブルの席に腰を下ろした。
隣に座った千陽がコートや手袋を外す。
同じようにコートを脱いでいると、千陽の耳が真っ赤に染まっているのが見えた。

「やっぱり寒かったようだな」

指先で千陽の耳たぶをくすぐる。
びくりと体を揺らした千陽が恨めしげに見つめて来た。

「耳冷えてる」

「やめてよ、びっくりした」

少しだけむすっとしている唇に思わず笑ってしまう。
千陽の機嫌をとるように、ふわふわの髪を撫でた。
外の世界は息を吐くと白くなるくらいで、千陽の頬や鼻先は真っ赤に染まっている。
目の前に出された紅茶を一口飲んでホッと息をつく姿を眺めた。

「この度はご結婚おめでとうございます」

目の前に腰を下ろしたブライダルプランナーの言葉を聞く。
話を聞いている千陽の様子を眺めた。
柔らかな瞳が、嬉しそうにキラキラと輝いていた。

帰りの車の中、千陽が嬉しそうにパンフレットを眺めていた。
その手の薬指には婚約指輪がはめられている。

「千陽」

「んん、なあに」

「今日見に行ったところ、どうだった」

「結構好き。こじんまりしてて、落ち着くし。あんまりおっきいところより、小さいところのほうがいいかも」

「そうか。見に行こうと思っていたところ、あと2ヶ所あるけれど、どうする」

「んー、一応見に行く」

「わかったよ。それは明日にしようか」

小さな千陽の返事に頷く。
パンフレットを持つ手は、時々こてん、と膝の上に落ちていた。
暖房の暖かさと穏やかな揺れで眠くなっているのだろう。
ふわふわな髪を軽く撫でて、眠っていいと囁いた。

「ん、いつもごめんね」

「気にするな。家に着くまで寝てな」

返事はもう返ってこない。
静かな寝息が聞こえて来て、微笑んだ。
こうして、気持ちよく隣で寝ている姿を見るのは、幸せの形を表しているようで心地が良い。
残りの2ヶ所の結婚式場は、どこかΩを受け付けていないような雰囲気を感じた。
Ωとの番同士の結婚を推奨されている世の中だが、未だにΩに対する偏見は根強く残っている。
千陽の不安そうな表情を見たときに、パンフレットももらわずにその場を後にした。
やはり一番最初に行った、あの小さな教会の結婚式場がいいだろう。

「千陽、どうだ」

「ん、やっぱあの一番最初のところがいいな」

「俺もそう思う。…じゃあ、あそこに決めよう。仮予約は済んでいるから、近いうちに本予約しに行こうか」

「うん。…」

どこか不安そうな表情を見て、息を吐き出す。
見学に行った結婚式場でのことを引きずっているのだろう。
千陽の頬を撫でて、真っ白な額に口付けた。

「どうした」

「んー…。番の結婚って、まだあんまり普通じゃないんだなって」

「…そうだな」

「そう思ったら、ちょっとだけね、切なくなった」

そう呟いた千陽は泣きそうな顔で微笑んだ。
小さな身体をぎゅっと抱きしめる。

「誰になんて言われようと俺はお前を手放さない。他人の感情に左右されなくていいんだ、千陽。お前はΩっていうくくりに捉われなくていい」

「そうだね。何しおらしくなっちゃってんだろ。俺らしくないよね」

「ああ」

顔を上げた千陽はほんのりと目元を染めて笑った。
唇を重ねあって微笑む。



「駿さん、おはよう」

早朝はなかなかに冷え込む。
カーテンを開ければ、レースカーテン越しだと冷気が室内に入り込んで来た。
暖房をつけていても時々寒気を感じるくらいだと思う。
千陽の柔らかな声に目をさます。
着替えを済ましている千陽は朝の支度を終えたのか、ベッドの端に腰をかけて笑っていた。

「お寝坊さんだね」

「…何時だ」

「8時だよ。そろそろご飯食べて支度しないと」

「…あー…」

「昨日珍しく晩酌なんてするから」

楽しそうに笑う千陽が頬にキスをくれた。
朝日が入り込んで来て、輝いて見える。
そんな千陽に目を細めれば、同じように猫のような大きな目が細まった。

「…そういう気分だったんだ。…朝飯は」

「しじみのお味噌汁とご飯、あとは卵焼きにー、ほうれん草のおひたし。昨日の大根の煮付けもあるよ」

「出来た嫁さんだな」

「二日酔いの旦那さんのためだよ」

「…千陽」

ん、と短い吐息を漏らして、千陽が腕の中に入り込んでくる。
ぬくぬくとした身体が心地よい。
二月も半ば、だいぶ仕事も慣れて来て余裕ができて来た。
出勤までの千春との時間が穏やかで心地よい。

「んー、二度寝しちゃいそう」

「それもいいかもな」

「だめー。朝ごはん食べないと」

「…可愛いこと言うな」

「ちょ、っと、今のどこが可愛かったのか全くわかんねーよ」

身じろぎした千陽が腕の中から抜け出ていく。
それにつられるようにしてベッドから降りた。
早く、と笑いながら寝室を出ていく千陽に思わず笑った。
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