将来
駿さんと一緒に夕飯を食べてから寝室に入ったお風呂に入った体はポカポカしていて気持ちがいい。
今日はなんとなくいい日だったなぁなんて、らしくないことを考えるくらいには気分は良かった。
ベッドにうつ伏せになりながら、隣でサイドテーブルの明かりを頼りに本を読む姿を眺める。
この人の姿を見ていると、好きになって良かったと思うのは、惚れた欲目なのだろうか。

「寝ないの?」

「もう少ししたら」

「そっか」

眠たいけれど、眠りたくない。
駿さんは本をめくる音だけを残して本の世界に入り込んでいる。
そんな取り残された寂しさ少しと、この静かな時間の心地よさに目を瞑る。

「千陽」

「…なあに」

「…将来のこととか、…例えば、就きたい職業とか…、考えたことはあるのか」

どこか歯切れの悪い言葉。
目を開けて駿さんをみれば、本から視線をそらさず居心地悪そうに答えを待っていた。
本の内容を追っているわけではないのだろう。
こちらを見てくれない駿さんの腰に抱きついてから、小さな声で答えた。

「考えたことないよ。ずっと知らない人のつがいになると思ってたから。別に、何になりたいとかあんまりない」

「そうか…。いまも考えたりしないのか」

小さく頷けば、駿さんが本からやっと顔を上げた。
大きな手で俺の髪を撫でてため息をひとつ吐く。
どうしたの、と顔を上げてみれば、駿さんが困ったように笑った。

「……高校に戻りたいとか、進学したいとか、考えないのか」

多分、聞くのをすごく迷っていたんだと思う。
駿さんはαの中のαだけれど、αとして普通の生活を送ってきた人だ。
俺と違って、当たり前に学校に通って、大学に行って、仕事について、俺と結婚した。
駿さんはきっと俺がその普通を通って来なかったことを、後悔していないか、…不安に思っていないかが心配なのだろう。
この人は優しくて、俺のことを一番に考えてくれている。

「確かに学校には行きたかったなって思うこともあるけど…、俺、周りに馴染めないから。そんな場所で無理するんだったら、駿さんの側でバカみたいに笑っている方が幸せだよ」

お前がそれで幸せなら…。
駿さんはまだどこか納得してないような表情をしている。
ゆっくりと体を起こして、彼の足の間に入り抱きついた。
すん、とバニラの甘い香りを嗅いで小さく笑う。

「なあに、最後まで聞いて。俺、駿さんを不安にさせたくない。気になってるなら…、最後まで聞いて、俺をわかって」

耳元でそう囁けば駿さんがゆるゆると息を吐き出して困ったように笑った。
それから2、3回頬に口づけをくれる。
読みかけの本をサイドテーブルに置いて、彼の腕は薄っぺらな背中に回った。

「学校ならΩだけの特別学校もある。俺と結婚してお前が家に入って…そのことで色んなことを諦めて欲しくない。けれど、お前が俺のそばで笑っていたいって言ってくれることも、嬉しいと思うんだよ」

彼はきっと答えを求めていないんだと思う。
その気持ちは矛盾していて、それでも駿さんはきっといつまでも俺の将来のことを考えてくれる。
確かに学校に行って、資格とか手に入れれば俺は将来安心して過ごせる。
それでも、この人のそばにずっといたい。
できることなら、この人を支えたい。

「駿さん、本当の気持ち、言っていいんだよ。駿さんの思ってること。大人じゃなくて、社会人じゃなくて。駿さんとしての気持ち」

小さな声でそう囁けば、駿さんの手が震えた。
それから、ぎゅっと抱きしめられて、どこか辛そうな声が聞こえてくる。

「…千陽が、家にいてくれるのが、俺は一番安心できる。だから、本音としては家にいてほしい」

「うん。…うん、もー、駿さん意地っ張りなんだから。俺は駿さんの為に何かできるのが一番嬉しいの。それに、専業主夫になるのがちょっと早かっただけだよ」

「ああ、そうだな」

優しく笑う声が聞こえてきて、つられる。
駿さんの頬にキスをすれば、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
頬をスリスリと擦り寄せて、甘える。
時々不安になる駿さんにこうやって甘えれば、駿さんが安心するように息を吐き出してくれた。
その仕草が大好きで、嬉しい。

「駿さん、あのね」

「ん?」

「俺、駿さんと結婚できたの、本当に嬉しかったんだよ。嬉しくて、幸せで、きっとこの先、こんな幸せないかもしれないって思うくらい」

「ああ…」

「でもね、きっとこの先、その幸せよりももっといっぱいおっきな幸せがくるんじゃないかなって思ってる。それ、駿さんのおかげなんだよ」

「千陽…」

愛してる。

小さなささやき声が聞こえてきて、ヘニャリと口元が緩んだ。
大好き、愛してる、って駿さんの頬を両手で挟んで、口付ける。
子どもみたいな口付けを唇に何度も送った。

「ん、ん…、好き、大好き、駿さん」

「こら、どこでスイッチ入ったんだよ」

「んん、駿さ…」

同じように頬を両手で挟まれた。奪われるような口付けに変わって、ベッドに寝転がる。
何度も深いキスを交わしてから、また子どもみたいなキスを交わす。
駿さんのシャツだけ纏った素足をさらさらのパジャマの足に絡ませた。

「ん、ね、したくない…? いや?」

「嫌なわけないだろ…。ああ、もうかわいいな、お前は」

横たわってキスを楽しんでいたら、駿さんにガバッと覆いかぶさられる。
思わず笑ってしまえば、駿さんが目を細めた。

「ん、好き、大好きだよ、駿さん」

「千陽、ちは…、好きだ」

大きな手のひらがシャツの中に入り込んで薄いお腹を撫でていく。
それが気持ちよくて、息が上がっていくのを感じた。


「…、ふあ…、気持ちかったぁ…」

「ああ、俺も気持ち良かったよ」

蕩けた声がこぼれ出して、口元を覆う。
隣で俺の髪を撫でている駿さんが小さく笑った。
額にキスをくれてから、駿さんも寝転がってくる。
腕枕をしてもらって、気持ち良さからウトウトとまどろんだ。
囁くように駿さんの名前を呼べば、優しい笑い声が聞こえてきた。

「おやすみ、千陽。愛してるよ」

駿さんの言葉に返事もできないまま眠りに誘われた。
大好き、駿さん…。
モゴモゴと唇を動かして、そのまま眠りについた。
prev | next

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -