幸せに
ヒートを終え気づいたら雪が降っていた。
穏やかに降る雪の中、駿さんと一緒に喫茶店に向かっている。
今日は、嶺緒と涼太と会う約束をしていた。

「浮かない顔だな」

「…まあ。涼太と会えるのは全然に嬉しいんだけど…さ」

「長峰に会うのが嫌なのか」

「んー…、嫌っていうか、なんとも言えない感じ」

ため息をつきながら、足元を見て歩く。
降り積もり始めた雪を踏みしめた。
ふわりと頭を撫でられて、顔を上げる。
小さく笑った駿さんが額にキスをくれた。

「ん、ありがと」

「ああ」

手を繋がれてゆっくりと歩く。
見えて来た喫茶店に、一度深呼吸をした。
チリンチリンとベルが鳴る音とともに、静かな店員の声が聞こえて来た。
待ち合わせで、と伝えれば、窓際の奥まった席を案内される。
そこには、涼太と嶺緒が一緒に座って待っていた。
静かなふたりのなかに流れる空気は、どこか寂しそうだ。
脱いだコートを駿さんが預かってくれる。
ふたりでソファーに腰を下ろした。

「…、ち…、千陽…、あ、無事で、よかった」

声にならないような声で、嶺緒が呟いた。
その声にハッとして涼太を見れば、涼太が小さく笑う。
駿さんに背中を撫でられた。

「先に飲み物でも頼もうか」

「…ん」

メニューをとって、選ぶ。
店員さんに駿さんが注文している間、ちらりと涼太を見た。
涼太は出されたお冷やを一口飲んで、誰にも聞こえないようにため息をつく、

「…千陽の番って、駒門先生だったんだね」

「ん」

「どうして、あの時、頼らなかったの…」

小さな声で嶺緒に尋ねられて、胸が苦しくなった。
あの時のことを思い出して、指先が震える。

「嶺緒君待って、落ち着いて。…千陽が」

涼太の声に嶺緒が息を詰めた。
駿さんの手が背中を撫でてくれる。
それから大きな手がぎゅっと手を握ってくれた。
指先で指輪を撫でられてほっとする。

「ごめん…」

「別に、いい。お前に何かされたわけでもないし。…俺は無事だから。もう俺に縛られなくていい。それだけ」

「…千陽、俺、ずっと千陽のことが好きだった」

「知ってる。…知ってた。それでもお前のことを好きにはならなかったんだ」

小さくそう呟けば、嶺緒が笑った。
滅多に表情を変えない嶺緒の笑顔。
どうしてだろうか。
なんとも言えないその笑みに、何も言えなくなる。

「俺も、わかってたよ。千陽が絶対に俺のことを好きになってくれないって。だから守りたかった。大事にしたかったんだ」

「…俺はお前みたいにはなれない」

「ならなくていいよ。そのままの千陽でいてくれれば、俺は幸せ。千陽が幸せなら、それでいい」

小さな嶺緒の声を遮るように、注文したものが届けられた。
テーブルに並んだ四つの飲み物を見つめる。
暖かい紅茶を飲んでから、一息ついて駿さんに視線を移す。
駿さんも俺の視線に気づいて、微笑んでくれた。
この人が、好きだって、何度も見たこの微笑みを見るたびに思う。

「この紅茶美味しい」

「一口」

「ん」

紅茶の入ったカップを渡せば、駿さんが一口飲む。
その様子を眺めていると、涼太がどこか嬉しそうに俺を見つめていることに気づいた。

「なに」

「ううん。これで、千陽と遊べるようになったなって」

「…そうだな」

涼太と嶺緒は何も話さない。
それでも番特有の柔らかくて暖かな雰囲気を二人から感じられた。
まだ番にはなっていないだろうけれど、二人は約束された関係なのだ。

「駒門先生…、千陽を宜しくお願いします」

「ああ、もちろん。こちらこそ、涼太を宜しくな」

「いえ…」

小さく返事をした嶺緒は、ちらりと涼太を見た。
涼太も同じように嶺緒を見て、嬉しそうに笑う。
その笑みが幸せそうで、嬉しかった。

「…よかった」

小さく漏れた声に、駿さんが笑った。
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