巣作り
千陽のヒートに合わせて休みを一週間取らせてもらった。
何かあったら電話をしろとは伝えてあるし、そもそも何か起きるほどうちの会社はやわじゃない。
安心して番休暇に入れる。
今日から一週間、千陽とともに過ごせる。
「ただいま」
玄関のドアを開けると、いつもなら出迎えてくれるはずの千陽が見当たらない。
ただ、甘いバニラの香りを感じて、ヒートが来たのか、と納得した。
しかし発情期を煽られる感覚ではない。
愛おしいと思う気持ちがじわじわと湧き上がってくるような……。
「千陽?」
名前を呼びかけるが返事はない。
違和感を感じて、首を傾げながら千陽を探す。
今朝、リビングのテーブルに忘れたはずの皮帯の時計がない。
それからいつも千陽と一緒に使っているブランケットも、ソファーに引っ掛けておいたパジャマも無くなっていた。
洗濯にかけたのだろうか。
そう思い部屋を出て、洗濯機の中を覗くが空っぽだった。
「…もしかして」
甘いバニラが濃くなる方へ足を進める。
寝室に入ると、ポツポツと靴下やYシャツが落ちていた。
それは寝室のクローゼットに向かっている。
「千陽?」
クローゼットをノックしてから、そっと開く。ぶわりとバニラの甘い香りが広がって、切なくなった。
「…ん…、しゅんさ…、」
「千陽…」
吐息交じりに溢れた名前に、千陽がトロンと幸せそうに蕩けた笑みを浮かべた。
狭いクローゼットの中には、たくさんの服やブランケット、時計、普段使っている筆記用具など……、俺の持ち物がツバメの巣のように千陽を覆っている。
「あ…ま、い、…バニラ、しゅんさんの匂い…、もっと濃いの…」
伸びて来た細い指先がキュッとスーツを掴んだ。
その手がもっと、と、求めるように引いてくる。
「…千陽、入ってもいいか? 上手に作ったな」
「ん…、まだできてない…、来て」
小さな声が聞こえて来て、微笑んだ。
千陽の甘い香りに誘われるまま、クローゼットに入った。
小さな身体を抱きしめて口付ける。
甘い香りの中、幸せそうに笑う千陽が可愛くて仕方がなかった。
「できた」と、笑った千陽の唇に、キスをする。
「千陽…、明日にはヒートがくるな」
千陽はとろとろとした瞳で笑って頷く。
首筋に鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。
甘い香りが心地よい。
この巣は俺のために作ってくれたのだ。
「幸せになろうな」
そう囁けば千陽はもう一度笑って、頷いた。
「しゅんさん、だいすき」
舌ったらずな声で告げられた言葉に、胸が締め付けられた。
千陽の小さな身体を抱きしめたまま、クローゼットの中で横になる。
暖かい小さな身体。
愛おしくてたまらなかった。
額に口付け、小さな背中をまっすぐ支える背骨を撫でる。
「…ふふ、しゅんさ…、じょうずに、できた?」
「ああ、素敵だよ。上手にできている」
「そっか、そっか、うれしいー……」
「千陽…?」
返事は返ってこない。
腕の中の千陽を見れば、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。
明日からは、きっと、熱くて眠るに眠れない時間を過ごす。
今はゆっくり眠ってほしい。
そう思いながら、そっと目を瞑った。
千陽の寝息が、心地よかった。
目がさめるとクローゼット中にいた。
駿さんの洗濯物や持ち物がたくさん置いてあって、その中に駿さんと一緒に眠っていたようだ。
なんでこんなことになってるんだろうと、首を傾げていると前にひとりでみていた雑誌を思い出す。
「…巣作り…?」
ボッと頬が勢いよく赤くなる。
今まで、こんなことしたことなかった。
駿さんの帰りを待ちながら洗濯をしていたら、ぼんやりとして来てそれから覚えがない。
恥ずかしくて仕方がない。
本能のままに作ってしまった、この狭くてバニラの香りに包まれた巣に、駿さんがいることにも驚いた。
「…しゅ、駿さん…」
「ん…、千陽」
「駿さん、ごめんなさい…、これ」
「いやいいよ。上手にできてるし、お前がこうして巣作りしてくれたのが嬉しい」
駿さんが優しく笑いながら囁いてくれた。
クローゼットの中から抜け出して、ふたりで片付ける。
少しずつ身体に熱がこもり初めて、ベッドに横たわった。
「…怖くないか」
「ん…、大丈夫…それよりも、ギュってしてほしいかも…」
「はいはい」
駿さんの温かい腕の中で、ぽかぽかと暖まっていく身体。
この緩やかな熱がきっと、すぐ、茹だるようになる。
今は、この緩やかな熱に溺れていたい。
クローゼット end
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