婚姻届
夕飯を食べ終えてから、後片付けをする。
洗い物をする駿さんの隣で、洗い終わった食器を拭いた。
拭いてから食器棚に片付けて行く。

「そういえば、お前の食器とかなかったな。ずっと客用の使わせていたから」

「そうね」

「明日、金内の家行ってから買い物行くか」

こくりと頷いて駿さんを見る。
駿さんもつられてちらりと俺を見た。

「わがまま、言ってもいい?」

「何?」

「…お揃いのさ、食器と箸が欲しいな」

食器を拭く手を止めて、小さな声で呟く。
隣に立っていた駿さんも洗い物を洗っていた手を止めた。
それからゆっくり食器を水ですすいで、水切りかごの中に入れる。
俺も食器をゆっくり拭いて、棚に片付けた。

「お揃いのやつね。ついでにパジャマも買うか?」

「…パジャマはいいよ。どうせ俺駿さんの上着取っちゃうし」

「そうだな」

「彼シャツ、萌える?」

「…ほら、さっさと食器拭け」

「照れてる」

「照れてない」

耳を赤くしている駿さんに、小さく笑った。

駿さんと一緒にリビングのテーブルに隣あって座った。
鞄の中から書類を取り出した駿さんが、下敷きを敷いて丁寧に置く。
目の前に広げられた書類に、息を飲んだ。

「この歳でこの書類を目の前にするって思わなかった」

そう言って駿さんに笑いかければ、駿さんも同じように笑った。
それから、駿さんが先に書き始めた。
どんどん書き込まれて行く書類に、ドキドキと胸が高鳴る。
ひどく高鳴る胸に、小さな声で待って、と伝えた。

「ま、待って。ごめん、ドキドキして、大変なことになってる」

「大変なこと?」

駿さんの手を取ってから自分の左胸に運ぶ。
そっと触れた大きなてのひらに、高鳴って仕方がないこの鼓動が伝える。

「本当だ。まだお前の番じゃないのにな」

嬉しそうに笑う駿さんに頭を撫でられた。
気持ちよくて小さく笑えば、駿さんが額にキスをくれる。

「…千陽、愛してるよ」

「ん…、俺も、愛してる」

コクコクと何度も頷きながら伝えれば、駿さんが優しくて甘い、大好きな笑みを浮かべてくれた。
この人と、夫婦になるんだ。
そう思えば、嬉しくて仕方がない。
この先、家族になって夫婦として過ごして、いずれ子どもができれば家族になる。
それからずっと、歳を重ねていき、おじいちゃんになってもきっとふたりで笑ってられるんだ。

「ほら、千陽。お前の番だよ」

「うん。初体験」

「初体験で最後の体験だな」

「ん、そうだね。不束者ですが、宜しくお願いします」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

少し震える手でゆっくりと、間違えないように書き始める。
隣で見てる駿さんが笑っている声が聞こえて、肘で小突いた。
笑いながら、ゆっくりと書いて、空欄を埋めていく。

「俺、駿さんのお嫁さんになっちゃうんだね」

「…そうだな、お嫁さんだな」

最後の一行を書き終えて、ペンを置いた。
集中して一字一字丁寧に書いた婚姻届を眺める。
駿さんの綺麗で丁寧な字と、俺の書いた緊張してるのがわかる少しだけ歪んだ字。
綺麗な字の書き方を練習しておけばよかった。
少しだけ、そう思う。
駿さんにできたよ、と婚姻届を見せようと顔をあげれば、駿さんがテーブルの方を指差していた。
そこには、小さなドラマでよく見るような小箱。
もしかしてって思い駿さんを見れば、またいつもの大好きな笑顔で笑っていた。

「開けてみな」

「…ん」

震える手で、小さな箱を開ける。
キラキラと光る指輪が見えて、目頭が熱くなった。
まだ自分の性がわかる前に、期待していた。
大好きな人と、お揃いの指輪をつけて、幸せになること。
自分の性がわかってから、絶望して、それからほんの少しだけ期待した。運命の人が現れて、幸せな家庭を作れるんじゃないかって。
それはすぐに両親の絶望的な表情と、言葉で夢に終わったのだけれど。
ほんの少しの期待が、今こうして実現している。

「…ッ、い、いつ、こんなの、用意、してたの」

目尻からポロポロと涙がこぼれ落ちる。
駿さんはこうやって俺が気づかないうちになんでもこなしてく。
手の中の小箱に光る指輪にポタリと涙がこぼれ落ちた。

「お前、意外に泣き虫だよな」

そう言って笑った駿さんの指が伸びてきて、目元を拭う。
愛おしむような表情になおさら涙が溢れてきて、駿さんの指を濡らした。

「普通なら、プロポーズの時に渡すんだろうけど、ゴタゴタしたから。今になるけれど…」

「ん…、でも、嬉しいよ…」

「ああ、手、貸して」

「うん」

そっと左手を差し出せば、駿さんが指輪をはめてくれる。
指輪が指先を滑っていく。
嬉しくて、またポタリと涙が溢れた。

「…また、結婚式あげる時にすぐもう一個増えるけど」

「そういうもんなの?」

「そういうもん。結婚式、お前が嫌ならあげないけれど、どう?」

「…あ、あげたい。…駿さんが良ければ」

「ああ、お前ならそういうと思ったよ。家族と数人の友達だけ呼ぼうか」

こくりと頷いて、駿さんの手を握った。
駿さんが小さく笑う声が聞こえてきて、一緒に笑う。
こんなに幸せな思いをしていいんだろうか。

「俺、Ωでよかったって、思う。…駿さんと出会えて、駿さんの運命になって」

「ああ」

「駿さん、大好きだよ」

「俺も、大好きだ」

嬉しそうに笑っている駿さんに、思わず笑って抱きしめてもらった。
幸せで仕方ない。

「駿さん、見つけてくれてありがと」

触れ合う唇に思わず笑って、小さく呟いた。
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