バニラの香り
「千陽…」

抱きしめてくれている駿さんの背中に腕を回した。
耳元に震えた唇が触れる。
交わしたキスが鉄の味で、ポロポロと涙が溢れた。

「ん…」

お互い何も話さず、そのまま触れてくる大きなてのひらに任せる。
ぼんやりとした意識と疲れている身体が、恐怖を和らげてくれた。
暖かい胸から感じる鼓動が、染み渡り少しずつ荒くなる吐息に伝わる。

「…ん」

駿さんの鉄の味がして、どくりと心臓が大きく揺れた。
目を瞑って感じるてのひらの温もりと、湿った肌。
それは怖いものじゃないってわかる。
意識はどこか遠くて、それでも駿さんの身体が触れるのが気持ちがいいことだけはわかった。

「気持ちい…」

小さな声で漏らして、駿さんの背中を爪でかりっと引っ掻く。
駿さんが小さく笑う声が聞こえて来た。
そっと瞼を開けば、優しく笑う顔が見える。

「しゅんさ…、だっこ」

「おいで」

体を抱き上げてもらって腕の中に入る。
暖かくて、甘くて気持ちがいい。

「千陽、怖くないか」

小さく頷いて、唇を重ね合う。
吐息が交わるのが気持ちよくて、涙がこぼれた。
千陽、と優しい声が耳をくすぐる。

「駿さん…、好き」

「俺も好きだ」

キスを交わして、肌を重ねて、その心地よさに溺れた。

ヒートが終わって、まともな思考回路が戻って来た。
クタクタに疲れた身体を駿さんに抱えてもらい、風呂や着替えを終わらせた。
リビングのソファーに腰をかけて、テレビを眺める。

「千陽、辛くないか」

「ん…」

神経質そうな指先が手の甲を何度も撫でる。
優しい手つきにうとうとし始めて、駿さんの肩に頭を預けた。

「駿さん、気持ちよかった?」

「…ああ」

「そっか。…俺も、気持ちよかったよ」

そう言って笑えば、駿さんが切なそうに笑った。
優しくて甘い駿さんのその笑みが愛おしくて、胸が締め付けられる。

「駿さんの隣にいるのが一番、好き」

小さな声で囁いて目を瞑る。
このままずっと、一緒に過ごせたら最高に幸せだと思う。

肩に乗った重みに、幸せを感じる。
甘いバニラの香りが心を落ち着かせてくれた。
千陽の香り。
運命の香りが、隣から感じる。
それが嬉しくて仕方がなかった。
小さくて愛らしい寝息が聞こえて来て、小さく笑った。
この小さな可愛い運命の相手が、やっとこの腕に帰って来たような気がする。
不意に携帯電話が鳴って、表示を確認する。
その相手は金内で、小声で応答した。

『今大丈夫かな』

「ああ、何かあったのか」

『いや、千陽くんの様子が気になったから…。そろそろヒートが終わる頃だったと思って』

「そのことなら、大丈夫だ。無事に終わった」

『それなら良かった。心に抱えたものが少しでも晴れれば、ストレスも減って体の成長が進むからね。…千陽くん、君との子どもが欲しいようだよ』

「子ども?」

電話先からどこか嬉しそうな声が聞こえて来て、首をかしげる。
千陽の頭に頬が触れて柔らかな髪に頬がくすぐられた。
柔らかな髪を撫でた。

『君のことが本当に好きなんだろうね』

「…ああ」

『千陽くんに言ったけれど、煙草ふたりでやめるんだよ。それから身体を冷やさないように。それから、三食食べて夜はゆっくり休んで、身体を大切にしてね』

「ああ、わかったから。千陽にも言い聞かせるし、俺もしっかりする」

『君もちゃんと身体を大切にするんだよ。千陽くんを、守るのは君だからね」

「ああ、痛いくらいわかってるよ」

ん、と小さな声が隣から聞こえて来た。
千陽の方へ視線を向ければ、目をこすりながら起きる。
軽くなった肩が少し寂しい。

「…ん、電話?」

「ああ、金内から」

「そっか…。金内先生どうしたの」

「お前が元気にしてるかって」

「ん、元気だよ」

「ああ」

吐息交じりのその声に、思わず笑みがこぼれた。
愛おしさで溢れて、止まらない。
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