見覚え
ヒートが近づいて来て、診察を受けに金内総合病院に来ていた。
Ω科の待合室で待っていると、ドアが開く。
そこに入って来たのは、綺麗な栗色の髪をした綺麗な男の人だった。
その人は俺を見かけて微笑む。

「どうも」

「…どうも」

その人は挨拶をしてから、わざわざ俺の隣に腰を下ろして来た。
今日は駿さんに朝病院に送ってもらって来たため、ひとりだ。
突然隣に座って来た人に、居心地悪くてもぞもぞすると隣に座った人が笑う。

「君、鹿瀬千陽くん?」

「…、そ、うだけど…、なんで俺の名前知ってんの」

「俺、君の幼馴染くんの番なの」

「は? え? 嶺緒の?」

突然すぎて何を言われたかわからないが、この人は俺のことをしていて、嶺緒のことも知っている。
もしかして、連れ帰りに来たのだろうか、と駿さんに預けられた携帯に触れた。
俺の様子に気づいたのか、その人が微笑んだ。

「大丈夫だよ、落ち着いて。俺は君の味方だ」

「は? …はあ?」

「あ、千陽くん、呼ばれてるよ」

「あ、ああ」

立ち上がって呼ばれた方へ向かっていく。
最後にちらりと待合室を見れば、その人が手を振っていた。

「な、なんだあの人」

首を傾げながら、診察室に入る。
そこには金内先生が微笑んでいて、ホッとした。

「おはよう、千陽くん」

「おはよう、金内先生」

「体調はどうかな、眠れなくなっていない?」

「寝れてはいるんだけど…多分、ずっと眠くて…。あと…」

小さく呟いてから、昨日の夜のことを思い出す。
駿さんとそういうことをしようとした時のこと。
ずっと泣いていて、駿さんに甘やかされた。
それで落ち着いたけれど、まだ胸の中でしこりが残っている。

「…あの、さ、昨日、駿さんとそういう雰囲気になったんだけれど…、怖くて、できなかった」

「怖くて?」

「そういうことするって意識したら、駿さんってわかってるのに、思い出して、怖くて、」

「そっか。怖かったんだね」

「…うん、駿さんのこと、大好きだし、俺だってしたいって思うのに、怖くて、震えて…」

ぎゅっと手を握る。駿さんとしたい。
そう思うのは、悪いことなのだろうか。
駿さんはしなくてもいいって言ったけれど、それでは悲しい。

「千陽くん、今はゆっくり身体を休める時なんだよ。ヒートがくるから、ヒートだからしなきゃいけないわけじゃない。千陽くんの身体が安心して、リラックスしてできるようになってからでも…」

「でも、俺、駿さんに我慢してもらいたくない。俺のせいで、駿さんにまた、辛い思いさせたくない」

俯いて駿さんの言葉を思い出す。
駿さんはしたいって、思わないのかな。
思考回路が暗い方へ落ちていくのを感じていると、ぎゅっと暖かい手に包まれた。

「駿くんは何て言っていたの?」

「俺が、怖がって怯えているのにしたくないって…」

「きっと、それは駿くんの本心なんだよ。恋人が、大好きな人が怯えているのに、自分の欲だけを押し付けるような人じゃないでしょ、彼は」

「…うん」

「千陽くん、大丈夫だよ。君たちは運命の番なんだから」

ポンポンと頭を撫でられて、ホッと息をつく。
駿さんの言葉を思い出して、うなじに触れた。
朝、起きた時に駿さんにつけてもらったチョーカー。
手触りのいいそれに触れると、胸が暖かくなる。

「焦っても、仕方ない?」

「うん、千陽くんの心の傷が癒えるまで、ゆっくりふたりで愛を育んでいけばいいんだよ」

キザに笑う金内先生に、小さく笑った。

「じゃあ、今度は身体の診察をしようか」

「うん。…あのさ、先生、俺の身体がちゃんと大人になれば、駿さんと赤ちゃん作れる?」

答えを聞くのが少しだけ怖い。
それでも金内先生から視線を離さず尋ねれば、金内先生は満面の笑みを浮かべた。

「もちろんだよ。君たちの子は絶対可愛いだろうね」

そう言って笑った金内先生の言葉に、笑みがこぼれた。

「うん、やっぱり、駿くんと一緒に過ごしているからかちゃんと成長して生きているね」

「そっか、よかった…」

「うん、でも油断は禁物だからね」

こくりと頷いて、うんと背伸びをする。
診察終わったらタバコを吸いにいこうかな、と思考がそれた。
それに気づいたのか、金内先生がこら、と声をあげた。

「千陽くん、煙草はやめるんだよ。身体も冷やしちゃダメ。これはちゃんと駿くんに伝えるからね。駿くんにも禁煙してもらうから」

「え? なんで…」

「…当たり前でしょう。赤ちゃんが欲しいなら、体を大切にして」

「は、はい」

カッと頬が熱くなって、金内先生から視線を逸らす。
子どもが欲しいことは恥ずかしいことじゃないけれど、それを自分のことだと今更なぜか実感してしまって恥ずかしくなってしまった。

「…金内先生ありがとう。また、今度」

「うん、今度遊びに行くね」

「うん」

先生に手を振ってから、診察室を出る。
待合室に腰を下ろすと、さっきの栗色の髪の人がまだいた。

「あんた診察は?」

「俺、実は午後からなんだ。たまたま早くついちゃって、ここにいたら君が来たから」

「ふうん。…てか、嶺緒に番、いたんだな」

「最近出会ったばっかりだからね。…嶺緒くんは認めてくれないけれど」

寂しそうに俯いた横顔に、思わず同情してしまった。
番への思いを自分に当てはめて考えれば、辛くなる。
駿さんが今日は早く上がるから迎え来てくれる。
それまで話してみたいと思った。

「そうなんだ。…あんた、診察まだなら、食堂行くか」

「いいの?」

「俺も、迎えがまだだし」

「オッケー。君とずっと話してみたかったんだ」

そう言って笑った顔はどこか見覚えがあった。
優しくて、甘い笑顔。

「あんた名前は?」

「俺は、大海涼太おおうみ りょうた」

「涼太ね」

「よろしく、ちー」

「変な呼び方するな」
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