眠れない
「社長、お疲れのようですね」

「…ん? ああ、あまり夜眠れなかったからね」

「何かあったのですか」

「いや、可愛いことだから、辛くはないから気にしないでくれ」

そうですか、と微笑んだ秘書に礼を告げてから、運んでくれたコーヒーを飲む。
昨日の夜のことを思い出した。
ちょうどいい時間だ。
休憩にしよう、部下にそう告げてから、背伸びをする。

昨晩千陽は、眠りについてから少し経ってから、突然泣き始めた。
起こしてやって背中を撫でると、ごめんなさい、と泣きながら俺に抱きついてくる姿が痛々しい。
それでも千陽の名前を呼んで何度も背中を撫でてやれば次第に落ち着いて、また眠りにつく。
その様子が切なくて千陽が眠った後もなかなか寝付けなかった。
朝起きて千陽がスッキリと起きている姿を見てホッとした。

「…少し、様子を確認してみるか」

家に電話をかけてみると、なかなか出ない。
切ろうかと指をかけた時に、電話先が動いた。

”もしもし、…駒門です”

「千陽」

駒門です、眠たそうなその声に愛おしさがこみ上げてくる。
少しの間があったのは、おそらく千陽が考慮してくれたのだろう。
名前を呼びかけると、驚いたような声が聞こえて来た。

“どうしたの、何かあった?”

「いや、何してるかと思って」

“お風呂掃除して、洗濯機回して、昼寝してた…。今何時?”

「13時」

“まじで? 結構寝てた…”

千陽の声は眠たそうで、舌ったらずだ。
眠たそうに目をこすっている姿が頭に浮かぶ。

「そうか。疲れてるなら、無理して掃除までしなくていいからな。夕飯、何か買って帰る。何がいい?」

“ん…、駿さんの好きなのがいい…。早く帰ってきてね。だめだ…眠い”

「千陽、寝るならちゃんとベッドで寝るんだぞ」

“んー…、ん”

「…わかったわかった。おやすみ、千陽」

“ん、ごめんね…、おやすみ”

電話が切れて、思わず笑う。
千陽はよく眠る。
番になる前からよく、眠そうにしている姿をよく見かけていた。
今日もそうなんだろう。
カレンダーの日付を見て、ヒートの日を計算する。
あと一週間前後でヒートがくるだろう。
そう思うと今の状態もおかしくない。

「社長、番さんですか?」

「まあ、そんなもん。最近一緒に住み始めたから、何してるか心配で」

「社長お優しいんですね」

「誰でも番には甘くなるもんだよ」

そう笑いながら、コーヒーを飲んで会社に来る途中で買った弁当を食べた。
もし千陽が弁当を作れるようになったら、毎日作ってくれたらいいのに。
そんな想像する自分が面白くて、思わず笑ってしまった。

「幸せそうで何よりですよ」

「はは」

他の部下もつられて笑う様子を見て、苦笑した。


駿さんからの電話で目が覚めて、眠たいなか洗濯機から洗い終わった服を取り出した。
カゴに入れてからベランダへ行き、ひと欠伸する。
洗濯物を綺麗に干してから、眠気に負けてソファーに戻った。

「…ふわあぁ…」

欠伸をもう一つしてから、目を瞑った。
バニラの香りが心地よくて、眠くて仕方がない。
小さくごめんなさいと謝ってから眠る。
今日は日差しが強くて、暖かくて、昼寝日和だ。

ガチャガチャと玄関の鍵を開ける音が聞こえて来た。
目をさますとあたりは真っ暗になっていてギョッとする。
玄関へ急ぎ足で向かってドアを開けた。

「お帰りなさい」

「ただいま」

スーツ姿の駿さんがコートを脱いで来る。
カバンとコートを受け取ってからハンガーにかけて、コート掛けにかけた。

「寝てたのか」

「…うん、ごめん、本当はご飯とか作ってるつもりだったんだけど、電話終わって洗濯物干したら、寝ちゃってた」

「いいよ、疲れていたんだろ。それにヒートも近いだろうからな」

「ヒート…」

その単語に背中がぞわりと粟立った。
思い出したくないことを思い出してしまいそうで、駿さんの腕を掴む。
その手に気づいた駿さんが俺の頭を撫でてくれた。

「千陽、夕飯食べるか」

「うん」

一緒にリビングに行ってカバンを置いてから、駿さんが手を洗って戻ってくる。
ダイニングテーブルについてから、駿さんが夕飯の準備をしてくれた。

夕食を終えてから寝る準備を終えてから、布団に入った。
昼間に寝ていたからかあまり眠くない。
駿さんも眠くないのか、ベッドヘッドに身体を預けて本を読んでいた。
その様子を眺めながら、駿さんの帰って来た時のことを考える。
もうすぐヒートがくる。
ヒートが来たら、ちゃんとそういうことができるのだろうか。
あの時のことを考えると、怖くてたまらなくなる。
相手が駿さんだとわかっている。
それなのに、背中が嫌にぞわぞわした。

「…ん」

ゆっくりと身体を起こしてから、駿さんの太ももに触れる。
それから、強張る身体を動かして、駿さんの足の上に乗った。

「千陽?」

「…ん」

駿さんの手から本を奪い取って、サイドテーブルにおく。
チュッと駿さんの頬に口付けてから、ゆっくりと唇にキスをした。
ゆっくりなら、駿さんだってちゃんと思いながら、なら、大丈夫。
指先から震え始めて、震えていることを気づかれたくなくて駿さんから唇を離した。
ポタリと頬を涙が伝う。

「千陽」

駿さんの大きな掌が背中に触れた。
ぞくりと背中が震えて、身体が過剰反応する。
そのことにぼたぼたと涙がこぼれて、駿さんの頬に落ちた。

「…怖いのか」

フルフルと首を振るけれど、きっと駿さんはそれが強がりだって気づいている。
震えている身体が情けなくて、駿さんを裏切っているようで胸が苦しくなった。

「千陽、無理しなくていい」

ゆっくりと背中を撫でられる。
それにつられるように呼吸が浅くなって、嗚咽が漏れた。
駿さんに抱きしめられたい。
深く繋がりたい。
それなのに、身体が怯えている。
あの時のことを思い出して、震えが止まらない。

「お前が慣れて、落ち着くまでしなくても大丈夫だよ」

「で、も…、ヒートが来たら、駿さんだって、俺、俺、駿さんが我慢するの、嫌」

「千陽」

頬を掴まれて、まっすぐに見つめられる。
その瞳にびくりと身体が震えた。

「俺は、お前が怖がって、怯えているのにしたくない」

チュッと頬にキスをされる。
子どもにするような甘くて優しいキスに涙がぼたぼたとこぼれた。

「…駿さん…、駿さん」

ぎゅっと胸が締め付けられる。
駿さんはボロボロと涙を流す俺を抱きしめて、優しく笑った。
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