おかえり
駿さんからホットミルクを受け取って、一口飲む。
蜂蜜の甘い味とミルクの味にホッとした。
お風呂に入ってあったまっていた身体がまたポカポカする。
隣に座った駿さんはカモミールティーを飲んでいた。

「カモミールティーって美味しいの」

「まあ、俺は好きな味」

「一口ちょうだい」

「どうぞ」

手渡されて口に含む。
いい香りはするけど、苦手な味だった。

「…草の味」

「草っていうな」

「草の味」

「はいはい、お子ちゃまには早かったな」

ムッとして駿さんを睨みつけながらホットミルクを飲む。
甘くて優しい味に、少しずつ眠気が襲ってきた。
それでもまだ眠りたくなくて、ちびちびとホットミルクを飲む。

「千陽」

「ん?」

「…お前の両親に会いに行かないといけないな」

「…そうだよな。あの人どこの人か知らないけど、鹿瀬の家に言うって言ってたから…。それに俺のことを買ったって言ってたから、きっと鹿瀬の家よりも力のある家かも…」

「何にせよ、お前と結婚するにも、お前の両親の許可が必要だからな」

「ん…」

両親というワードに、俯く。
会いたいとは思わない。
もう、あの人たちには自分の価値を求めていないから。
それでも、駿さんと一緒にいるためには、必要なことなら大丈夫。
ぎゅっとマグカップを握ると、その手の上に大きな手が重なった。

「お前ひとりで行くんじゃないんだから、そんな顔するな。…俺の隣で笑ってろって何回言えばお前はわかるんだろうな」

駿さんの言葉に顔を上げた。
それから、涙がこぼれそうなのを我慢して小さく笑う。
我慢したけれど、ポタリと涙が落ち始めた。

「よく泣くな」

「んー」

「ほら、泣きやめ」

「ん、ん」

目元の涙を親指がなんども撫でてくれた。
涙が止まって一息つけば、駿さんの唇が触れる。
軽くなんども重なった唇に、思わず笑う。

「甘いな」

「駿さんは草の味」

くしゃくしゃと髪を撫でられる。
やめてと笑えば、駿さんも笑った。

「そろそろ寝るか」

「うん」

「ほら、飲み上げな」

「んー。ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

駿さんがマグカップをキッチンで洗う。
それについて行って、大きな背中に抱きついた。
ぎゅっと抱きついて、額をグリグリと押し付ける。

「駿さん

「何だ」

「ん、駿さんの匂い落ち着くなーって」

「そうか」

マグカップを洗い終えた駿さんがタオルで手を拭いてから、俺の手を掴む。
冷たくなった指を絡められて笑った。
手を離してから、身体を翻した駿さんは俺の額に口付ける。
手を引かれたまま寝室へ向かった。
ベッドの中に入り込む。
布団の肌触りが心地よくて、仰向けになると背中からじわじわと力が抜けて行った。
隣に横になった駿さんが大きく息を吐き出す。

「久しぶりに歩き回ったから案外疲れたな」

「…俺も」

同じように仰向けで天井を眺めた。
見覚えのある、慣れた天井。
駿さんに視線を向けてから、身体も駿さんに向ける。
腕を枕にしている駿さんが、目を瞑っていた。
綺麗な頬に指先を触れさせる。

「…どうした」

「…ん、駿さんのとこに帰ってきたんだなって」

「ああ。おかえり」

囁くようにそう言った駿さんが身体をゆっくり横に向けて、俺を見下ろす。
少し眠そうな目に、小さく笑った。
千陽って小さな声で名前を呼ばれて、駿さんを見つめる。
頭を撫でられて、笑う。
気持ちよくて、目を瞑っていると、駿さんに抱きしめられた。
腕枕をされて、駿さんと向き合う。

「痩せたな」

「…そうかな」

「痩せた」

「そっか」

目をつむりながら、駿さんと話す。
時折髪を梳いてくれた。
その手が優しくて心地よい。

「ちゃんと飯食べさせないとだな」

「そうめんばっかり出すのに」

「まだそうめんたべれる時期だからな」

「今度はあったかいやつだね。駿さん、何でそんなにそうめん好きなの」

「簡単だからな」

「手抜きかよ…」

少しずつ沈黙の時間が増えてくる。
眠気がやってきて、小さくあくびをした。
駿さんに背中を撫でられる。
目をつむれば、そのまま意識が遠くなってきた。

「千陽、おやすみ」

甘い声が耳元で聞こえて、小さく答えたけれど、駿さんに聞こえたのだろうか。

病院 end
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