チョーカー
「…駿さん、俺どうしよ…。俺、あいつに売られたんだ、でも逃げて来ちゃった」

「俺が連れ去ったのも同じだから」

「でも、俺、母さんに逆らえなくて…」

「お前、家を捨てる気はあるか」

真っ直ぐな茶色の瞳に見つめられて、思わずこくりと頷く。
呆れたように笑った駿さんのポンポンと頭を撫でられた。
それが嬉しくて目を細めると、今度は額をデコピンされる。

「そんな軽く答えていいのか?」

「…もともと、縋るほどのものはなかったし。俺、駿さんと一緒にいたい」

小さな声でそう伝えてから、うなじを撫でる。
この噛み跡を忘れたくなかったのに、忘れてしまって駿さんを傷つけた。
もう二度と忘れない。
駿さんだけの自分でいたい。
バニラの香りでずっと包まれていたい。

「…お前に話しておくことがある」

「ん、何」

駿さんの方を向きながらソファーの上で膝を抱える。
大きな手のひらが手持ち無沙汰のように髪を撫でて来た。
それが気持ちよくて目を細めれば、駿さんが安心したように笑う。

「俺の実家のこと知ってるか」

「ん、駒門製薬会社? 他にもいろんな事業やってるんでしょ。あと政治家の人がいっぱい出てるって聞いたことある」

「あぁ、メインでやってる製薬会社を継ぐことになった」

「…学校は?」

「やめた」

駿さんの言葉に驚いて、顔を上げる。
なんでもないように言う駿さんの手をとりぎゅっと握る。
突然の選択に、自分が絡んでいると気づかないほど間抜けじゃない。

「…一介の教師じゃ、お前を手元に置いておけない。家の力を使わなきゃどうしようもないくらい、俺もまだ若い」

「で、でも、駿さん」

「いずれはそうなることとわかっていたから、教師を辞めたことは苦じゃないんだ。お前は気にするなよ」

ぎゅっと胸が締め付けられる。
目尻が熱くなって来て、うつむいた。
駿さんの手が伸びて来て頬をくすぐる。

「ここまで話せばお前もわかるだろう」

「ん…」

「千陽、結婚しよう」

こくこくと何度も頷いて、駿さんに手を伸ばす。
ぎゅっと抱きしめてもらって、大きな背中に手を回した。
駿さんの身体はやっぱり温かくて、心地いい。

「俺で、いいの」

「お前がいいんだよ」

ちゅ、と耳元でリップ音が聞こえて来て、身をすくめる。
駿さんが身体を離してから、首元に指先が触れた。
くすぐったくて小さく笑うと、すぐに離れていく。
首元に柔らかな布の感覚を感じて、首を傾げた。

「チョーカー。買って渡そうと思った日にいなくなるから、お前」

そう苦笑しながら、俺の首元を撫でて来た駿さんの手をとる。
指先にキスをしてから、目元を拭いた。

「…ありがと、駿さん」

「あぁ。やっぱり、お前肌が白いから、黒いのが似合うな」

触れてみて、手触りのいいそれに微笑んだ。
もう一度腕を開いて見せると、すぐに抱きしめてくれる。
この人は意地悪なところもあるけれど、俺に甘くて優しい。

「もうどこにもいくなよ」

「うん…。俺には、駿さんしかいないから」

小さな声で囁かれて、小さく笑う。
返事をして、駿さんの頬へ口付けた。
なんども髪を撫でて、チョーカーに触れる駿さんは複雑そうな表情をしていた。

「風呂入るか」

「ん。一緒に入ろー。抱っこ」

「甘えんな」

先に立ち上がった駿さんに手を引かれて立ち上がる。
駿さんと一緒に脱衣所に行く。
服を脱がせてもらって、浴室内に入った。
先に頭を洗っていると、駿さんがすぐに入ってくる。

「千陽、洗ってやるから。お前自分の身体洗ってろ」

「ん」

手を洗って、ボディーソープに手を伸ばす。
身体を洗っていると、駿さんが頭を洗ってくれた。
身体をある程度洗うと、今度は背中を洗ってくれる。
シャワーで全身の泡を流されてから、ほっと一息ついた。

「痩せたな」

すっと背中を撫でられて、くすぐったさに笑う。
もともとそんなに体重はなかったけれど、今はさらに痩せたようだ。
持っていた服が少しぶかぶかになったのを思い出す。

「…ごめんな」

駿さんの声が聞こえて来て、振り返る。
男らしい頬に手を添えて、唇を触れ合わせた。

「駿さんは、何も悪くないよ」

「千陽、俺は」

「よっし、駿さん、俺が髪の毛洗ってあげる

駿さんの手を引き、場所を変わる。
シャンプーを手にとって、あわ立てた。
柔らかな髪を泡立てる。

「千陽、」

「んー?」

「いや…、明日買い物行くか。お前の服とか全部持ってたから何もない」

「ん、そだね。…ずっとここにいていいの?」

「当たり前だろ」

そう言って笑った駿さんにほっとした。
髪を洗い終えてから、背中を洗う。
駿さんの広い背中を洗っていると、嬉しかった。
もう一度ここに戻れたって実感できる。

「駿さん、明日、金内先生にも会いに行きたい」

「そうだな、お前のこと心配していた」

「うん、だから安心してもらわないと」

駿さんの背中を洗い終わって、シャワーをかけた。
その背中にそっと口付ける。
駿さんが振り返って、微笑んだ。
湯船に入って、向き合う。
身体が温まって心地よかった。

「気持ちーね、駿さん」

「あぁ」

大きな手が伸びて来て、頬を挟まれる。
俺をまっすぐに見つめて、笑った。

「…ああ、やっぱり、お前は笑っていると可愛いな」

幸せそうに笑った駿さん。
その顔が優しくて、甘くて嬉しかった。

「駿さんも、可愛いよ」

思わずそういえば、駿さんはまた同じように笑った。

「千陽、愛してる」

「ん、俺も」

温かい湯船の中、白い湯気。
駿さんの笑みがとても綺麗だった。
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