最後のわがまま
車で揺られて、ヒートがきつくなって来る。
その頃にはもう座っていることも難しくて、嶺緒に抱き上げられていた。
ホテルまで連れて行かれて、最上階の部屋に入る。
これから、センセーしか知らなかった身体が、変わって行くんだ。
そう思うと吐き気がこみ上げてきて、嶺緒の背中に吐いた。
小さく謝ると、そのままシャワー室へ連れて行かれる。

「千陽のα、教えて…。千陽、千陽」

「…もう、いいから、れお、頼むから、俺のカバンから、煙草、とって」

荒い息の中、精一杯伝える。
準備をしろと、両親は部屋を後にした。
30分後には先方がくるって行っていた。
それまでに、少しセンセーを思い出したい。

「千陽、これ」

「これじゃない、キャスター」

センセーの部屋から持ってきた。
最後の俺のわがまま。
火をつけてもらい、口に咥えさせてもらう。
震える唇に咥えた煙草を指で支えながら、大きく吸い込んだ。
バニラの香りが、肺を満たして行く。

「…、駿、さん…。ごめん、ごめんなさい…、駿さん」

ぼたぼたと涙が零れ落ちる。
駿さんの香りが、身体を包んで、肺を満たして、身体を熱くさせた。
盗んできた煙草の箱には一本しかなくて、この一本が、最後のわがまま。

「駿さん、好き…、駿さん」

泣きながら、煙を吸い込む。
煙草が短くなって、ぽとりとシャワールームの濡れた床に落ちた。

「千陽、待ってて」

嶺緒がそうつぶやいて何処かに行くのを感じたけれど、煙草の甘い香りに涙が止まらなかった。

シャワーを浴びて、バスローブを羽織りベッドに横たわる。
もう意識を保っていられない。
荒い息の中、自身へ指を這わす。
駿さんを求めて疼く身体。
思い出しても辛いだけなのに番になったあの熱い夜を脳で再生された。
もう時間なのか、ドアが開く音が聞こえる。
入ってきた知らない顔。隣には両親が立っていた。

「千陽、こちらの方が…さんだ。お前の夫になる人だから、くれぐれも失礼のないようにな」

「しっかりしなさい。これだからΩは…。…さん、不躾な子ですみません」

「いえ。構いませんよ。これから、夫婦になるんだ。可愛いもんですよ。…よろしくな、千陽くん」

聞こえてきた声にぞわりと寒気がした。
両親が部屋から出て行き、男が近づいて来る。
男がそばに寄ってきて、α特有の香りを感じて吐き気がこみ上げてきた。

「番持ちのΩをよこして来るなんて、鹿瀬の家も何を考えているんだか」

「…、」

「まあ、ヒートのΩの穴は最高だから、よかったけど。…ま、よろしくな千陽ちゃん、お前はこれから俺の雌犬になるんだぜ」

「…ッ、うぇえッ」

吐き気に耐えきれず、吐き出した。
数日間あまり食べずにいたせいか、胃液しか吐き出されない。
吐いても吐いても知らない男の香りが気持ち悪くて、勃ち上がっていたものはすっかり萎えている。
頭痛もひどくて、身体が冷えて行く。
それなのに、受け入れる穴はグチョグチョに濡れていた。

「ははっ、レイプみたいで、興奮する。千陽ちゃん最近ヒートがきたんだろ。初物じゃないのは残念だけど、こんだけ可愛ければ非処女でもいーわ」

男の手が身体を這い回る。
ぞわりぞわりと身体の中を虫が這いずるような気持ち悪さになんども胃液を吐き出した。

「元気な子、産んでな」

そう言って笑った男の顔に、息が詰まった。
身体がセンセー以外を受け付けたくないと悲鳴をあげている。
やめろと声にならない声で何度も叫んだ。

 
意識を落として、いつのまにかその行為は終わっていた。
隣に嶺緒がいて黄色い瞳からポロポロと涙を流している。

「…終わったのか」

「終わった、終わった。千陽、ごめん、間に合わなかった。ごめん、ごめん…、俺、どうしたら、ごめん」

「気にするな」

おそらく行為を何度も強いられたのだろう。
受け入れていた場所がひどく痛んだ。
何かがすり減って、なくなってしまいそうな感覚に陥る。

「…避妊薬、」

「ん、千陽のマンションから、持ってきた」

「…サンキュ」

ガラガラの声に何度か咳き込みながら薬を飲む。
最初の行為を始めてからだいぶ時間が経っているから、効くかはわからない。
それでも、薬を飲む。
無駄になろうとも、少しでも、何かにすがっていたかった。

「…嶺緒」

手を広げて、抱き上げて欲しいと頼む。
自分では立てない。
シャワールームに連れて行ってもらい、シャワーを浴びた。
中に吐き出されたものを掻き出して、何度も身体を洗う。
疲れた頃、嶺緒にタオルで包まれて部屋に戻った。
ベッドに降ろされると、大きな腕に抱きしめられる。

「…千陽」

「そういうのいらねえから…」

「でも、千陽、震えてる」

疲れで意識がぼんやりとして来る。
嶺緒の身体は冷たい。
火照って、熱を持った身体に少しだけ、気持ち良かった。

「千陽、帰ろう」

抱き上げられてユラユラ揺れる。
その揺れが心地よくて、眠った。


目を覚ましたら実家の部屋にいた。
嶺緒が床で眠っている。
重たい身体を起こして、ベッドから降りた。
窓を開ければ、いつのまにか葉が紅葉していることに気づく。
うんっと背伸びをする。
床で眠っている嶺緒を足で起こした。

「千陽、起きたの」

「…ん」

「3日も寝てたんだよ」

「3日? なんで」

珍しく眉をひそめた嶺緒に首をかしげる。
身体がだるくて、ため息をつく。
嶺緒の隣に腰をかけて、テーブルの上にあった水を飲んだ。

「千陽…、もしかして」

「なんだよ」

「…千陽、ヒート来たこと、覚えてる」

「あー? まだ来てねえだろ。つかなんで俺ここにいるんだ」

その言葉に、嶺緒が息を飲んだ。
それから俺に腕を伸ばして来て抱きしめる。

「…病院、行こう」

「病院って、金内総合?」

「金内総合? 千陽、そこ行ったことあるの?」

「んー、んー、多分」

あまり覚えていないけれど、病院と聞いたらそこを思い出した。
嶺緒が立ち上がって、着替えを持って来る。
言われた通り着替えてから、嶺緒の後をついていく。

「つか煙草ある?」

「ん」

「セブンスターじゃなくて、キャスター」

「千陽、煙草変えたの」

「…んー、そうみたいだな」

自分のことなのにふわふわしてわからない。
とりあえずあのバニラの香りが恋しく思う。
ちょうだい、と手を差し出せば、嶺緒は首を振った。

「セブンスターなら、千陽がいつも吸ってたから持ってるけど…。キャスターは持ってない」

「そ。帰りに買うか」

「わかった」

家の前でタクシーを呼んだ。
車に乗り込んで、病院へ向かう。
窓の外を流れる景色に頭が痛くなった。
何か大切なことを忘れているような気がする。

家 end
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