大人の味
夜になって、風呂に入りソファーで膝を抱える。
夜って言ってたけど、いつになるんだ。
センセーと会うのは、あの旅行から一週間ぶりだ。
案外センセーはこまめに電話をかけてきてくれるから、寂しさは少しで収まっている。
それでもセンセーと会うのは楽しみで、電話をすれば会えるのではないかと期待してしまう。
そして、今日は一晩一緒に過ごせる。
チャイムの音がなり、立ち上がった。
玄関のドアを開ければ、スーツ姿のセンセーがいる。
俺の姿を見て、眉をひそめるセンセーがいた。

「お前、危機感ないな。下もしっかり履いとけよ」

「んー、だって暑いもん。駿さんは暑くないの」

「暑い」

そう言ってジャケットを脱いだセンセーに、ぎゅっと抱きついた。
Yシャツの下の素肌が外の熱気をまとっているのか、熱を孕んでいる。
胸に頬を押し当てると、その熱を感じた。

「千陽、暑いからどけ」

「んー。センセー車どこ止めた?」

「お前の部屋の駐車場」

「ん。上がって。それ何?」

「ビールとコーラとアイス。冷蔵庫入れといて」

返事をしながら、一緒に部屋の中に入る。
エアコンはつけないまま、窓を開けていた。
夜風が部屋の中に入る。煙草の匂いがバニラの匂いに変わった。
その心地よさを感じながら、冷蔵庫と冷凍庫に受け取ったものを入れてから冷たい麦茶を入れる。
ジャケットと荷物を置いて隣にきたセンセーにコップを渡した。

「…今日は誰かきていたのか。αの匂いがする」

センセーの目が鋭くなる。
これは怒っているのかもしれない。
あまり感情の起伏が激しくないセンセーにしては珍しいと思う。
何のことか一瞬わからなかったが、昼間に来た嶺緒のことを思い出した。

「ん、幼馴染が来てた」

嶺緒のことを思い出したのと同時に、嶺緒のクラスを考える。
同じ学校で、別のクラス、確か…。
考えていると、センセーの大きな手が髪を撫でた。
頬に垂れていた前髪を耳にかけてくれる。
それから、センセーがくれた首輪を撫でた。

「そういえば、幼馴染、センセーのクラスだ。センセー、1組の担任でしょ」

「ああ。…俺のクラス?」

「ん、長峰嶺緒。んー、セミロングくらいの金髪を後ろでまとめてるやつ。背が高い、外人顔」

「あー、長峰か。だからどこか知っている匂いだったのか」

センセーの指先が首輪から離れた。
麦茶を飲んでから、センセーの指先を視線で追う。
コップの水滴を指で拭って遊んでいた。

「駿さん、寝るときに着るのとか必要なの持って来た?」

「途中で買って来た」

「置いてっていーよ」

「親御さんに悪いだろ」

「ここには家族は絶対来ないからヘーキ」

「千陽」

笑いながらそういえば、センセーに肩を掴まれた。
びっくりしてセンセーを呼べば、どこか怒っているような表情をしている。
どうしたの、と小さな声で問いかければ、大きなため息をつかれた。

「…いや、お前に怒っても意味はないな、悪い。わかった、荷物はある程度置かせてくれ」

「ん。…変なセンセー。どうしよ、お風呂はいる? 俺もう入ったから、センセー入って来ていいよ」

「悪いな、借りる」

センセーを風呂まで案内して、リビングに戻って来た。
ソファーに腰を下ろしてテレビをつける。
見知った顔が映っていて、チャンネルを変えた。

「どこも千奈津兄さんばかりだ」

ため息を漏らしながら、他のチャンネルも兄の顔ばかり映っている。
諦めてテレビを消してから、携帯を開いた。
ゲームを始めてぼんやりとする。
ゲームもつまらないし、何もすることがない。
特に趣味もないし、ソファーに横たわってみた。
もうずっと一日寝ていたから、さすがに眠くはならない。

「…早く上がって来ないかな」

テーブルに置いたお茶を飲んでから、もう一度起き上がって携帯を眺めた。
ピコン、とメッセージが届いた音がなる。
画面に表示された嶺緒の名前にうんざりしながらメッセージを開いた。

“聴き損ねたけれど、ヒート来たの?”

ドクンと心臓が跳ねた。
嶺緒にバレたということは、そのまま兄や弟に筒抜けになる。
そのまま携帯を床に投げて、ソファーにうつ伏せになった。
こんな風に、自由に過ごせる時間がいきなり短くなった気がする。
おそらく両親にヒートが来たことがバレるのは時間の問題だ。
ヒートが来たことを知った両親はすぐに、知らないαを番として当てがうのだろう。
センセーと過ごせるのはあと少しかもしれない。

そう思うと、自然と涙がこぼれ落ちた。
胸が苦しい。
ぎゅっと握りしめられたようで、こんな苦しい思いをしたことがない。
今まで自分の人生を諦めていた。
知らないαの子どもを孕ませられることも。
Ωだからって学校で馬鹿にされることも。
大学や専門学校に進学することを望むのも。
関係ないって、そこに自分の意思がなくても、いずれやってくる未来だからって、諦めていた。
センセーと出会うまで。

「千陽、寝てるのか」

「んーん、寝てない」

優しい声が聞こえて来た。
起きる気力もなくて、そのまま突っ伏す。
大きなてのひらが髪をかき混ぜるようにワシャワシャと撫でて来た。
センセーは床に腰を下ろして、俺の耳にキスをする。

「何してんの」

「…うつぶせねのれんしゅう」

「赤ん坊かよ」

笑ったセンセーがテレビをつけた。
もう兄の顔は映っていない。
夜にやっているサスペンスドラマにチャンネルを合わせて、センセーは立ち上がった。
冷蔵庫にビールでも取りに行ったのだろう。

「冷えてる?」

「ちょうどいいくらい。コーラ飲むか」

「ん」

起き上がりながら目元を拭いた。
きっと腫れていないし、バレないだろう。
ソファーに座って、サスペンスドラマを眺めた。

「駿さん、好きなの?」

「まあ。たまに薬物とか科捜研の話あるだろ。あれみてると面白い」

「ふーん。よくわかんない」

「そ」

プシュッと音を立てて缶ビールを開けた。
受け取ったコーラを開けて飲んでいると、センセーは隣に座る。
テレビをぼんやり眺めているセンセーは時折、ここはおかしいなとか言いながら笑った。

「あ、そうだ」

「ん? なに、センセー」

「ヒート前にもう一度金内のとこに行くから、少しでもだるくなり始めたら言えよ」

「なんで? 次のヒートもわかったし、具合悪くないよ」

眉を寄せたセンセーが、呆れたようなため息をついた。
首を傾げて見せると、センセーが俺の腰を片腕を回し引き寄せる。
センセーの肩にもたれかかると、大きなてのひらが下腹部に触れた。
Tシャツの裾から入り込んだてのひらは何度も臍の下を撫でる。

「せんせ、や、めて」

「前に聞いたこと忘れたのか。お前の子宮が未熟なんだ。ヒート中のセックスで負担がかかる。子宮の成長具合とか、お前の体調に合わせて付き合っていかないと、お前が辛いんだぞ」

「…ん、わかった」

センセーはわかったならいい、と腹を撫でいていた手で今度は頭を撫でてくれた。
優しいのが、少しだけ切ない。
名前を呼ばれて、センセーを見上げればキスをくれる。
軽く触れた唇が離れてから、唇を舐めてみる。
苦い味がして、笑った。

「苦い」

「大人の味だよ、クソガキ」

「口わる、センセーのくせに」

もう一度キスを交わした。
薄く開いた唇から熱を持った舌が、入り込んでくる。
絡み合って、上顎を撫でられれば声が漏れた。
センセーが時折笑い声をこぼした。
それがおかしくて、何度も笑う。絡まった舌はやっぱり大人の味がした。
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